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上から書店員 14:異常者・くじ男!

いらっしゃいませ。

接客業に不向きな「上から目線の書店員」魚住です。フリー編集者で小説家ですが、本のそばに居たいというだけで書店員をやっていたワケです。

突然ですが私め、日頃からコンビニ店員さんを尊敬してるんですよね。
私には到底ムリ。なにせ、やることが多すぎる。時間によって商品を入れ替えたり、レジでの作業だけじゃない。宅配便、切手やハガキの扱い、クレジットカードやポイントカードの処理、レジまわりのお総菜、定期的にあるキャンペーン……私は絶対に憶えられない。

書店って、本や雑誌を求めてくるお客さん相手で、お客さんの目的もある程度ハッキリしている。なかには待ち合わせや涼みに来る人もいるけど、それも良し!です。でもコンビニって、お客さんの層が「全部」だからどんな人がやって来ても対応できるようにしなきゃいけない。

どんな人でも……そう!万引きだけじゃなくて、コンビニ強盗が来る可能性も高い! リスクありすぎ!

しかーし! 実は書店にもリスクは潜んでいるのです。
「重い物を持たなきゃならない」とか「紙で指をスパッと切るぐらいだろ」って? チッチッチッチッ!(←こんな仕草するヤツまだいるかな?)甘いざんす!
「カッター持った万引きとか?」ノンノンノン!(←これも古い)刃物は怖いけどそれじゃないざんす。

魚住が働いていた有象無象書店ホルス無双店には、異様で異常な「くじ男」が毎月のように来店していたのです。ずんぐり体型。40代なのか、はたまた50代なのか年齢がちょっと読めない。暗く、薄汚く、ジトッとした雰囲気でほとんど喋らない(会話が成立しない)。

今回は、そいつとマジでやり合った時のお話。

●異常者? 犯罪者?
その異常者は毎月必ず25日に有象無象書店ホルス無双店にやって来る。

毎月25日に何があるかといえば、書店が入っている駅ビルのキャンペーン日なのだ。書店のキャンペーンとは別。500円以上お買い上げ毎にお客様に「スクラッチくじ」(名刺大)を1枚引いてもらう。お買い上げが1000円なら2枚、1500円以上なら「3枚お引きください」と、くじの入った箱を出しながらお客様に告げる。スクラッチはその場で削ってもいいし(その場で削りたい場合は、会計を終えて、削る場所を移動してもらうよう誘導)、家に持ち帰り削っても可能。削って出てくるのは100円券、300円券、500円券程度である。その場で削って当たっても、使用できるのは「次回のお買い物から」。

このスクラッチくじ目当て&世の中の給料日が重なって、とんでもない忙しい日となるのが毎月25日なのだ。

この日は書店員総出の日で誰も休めない。とにかく大行列をこなさなくてはいけない。通常稼働の1レジ以外にも「2レジ」を開け、ツン先輩(ツンデレがかわいい19歳)が担当する。1レジは通常2人体制だが、大行列ができる25日は3人体制。1人がレジスターで会計担当、2人目はカバーや袋担当、そして、もう1人はすでにその次のお客様の本を受け取り、2人目とチェンジ。2人目と3人目はチェンジを続ける。その間にスクラッチくじを引くように促す。ああ、目が回る。

「くじ男」はそんな混乱に乗じて毎月必ず来店する。そもそも雑誌の定期購読しており、その雑誌を受け取りに来る常連ではある。購入日を25日に設定しているらしい。そこまでは全然問題ない。常連客はありがたいが、書店員全員が恐怖を感じていて、見て見ぬフリをしたい客なのだ。

「くじ男」の手口はこうだ。読みながら情景を思い浮かべてほしい。

自分の順番が来たら、その日に急に買いたくなった(らしい)本をレジに出す。我々、書店員はその本を会計して、「○○円です。くじを○枚お引きください」とスクラッチくじが入った箱を出す(ポイントカードの処理もするがここでは省きます)。すると「くじ男」は、定期購読本を受け取りたいことをここで口に出す(くじ男を見かけて定期購読本を用意しておくと今は受け取らないと言い出すこともある)。定期購読本や注文を受けた本はレジの壁側の本棚に並べられている。つまり定期購読本を取り出す時は書店員は必ず、お客様に背中を向けることになる。

その時である!

「くじ男」は、我々が背を向けている隙に、スクラッチくじが入った箱にグッと手を突っ込み、くじをゴッソリとわしづかみにして取り出し、くじの束をレジカウンターの上に積み、1枚1枚めくって凝視し始めるのである……それも毎月毎回!!!

先輩が今まで「お客様!○枚だけお引きください!」と注意しても聞く耳を持たない。平然とデカい手で持てるだけ握りしめて、くじを出して、1枚1枚凝視する。

そのうち、レジカウンターの上にくじの入った箱を置いておくと、会計も済んでないのに勝手に手を突っ込むようになった。注意すると、「自分の買う本はいくらだから○枚くじを引いてもいいはずだ」と主張する。我々は「くじを引くように促す時に箱を出す」ようにし、お客様から見えない位置に隠すようになった。

ある時、先輩に「あれは何を見てるんですかね?」と聞いたことがあるが、先輩も「分かんない。スクラッチくじには通しナンバーが付いているから規則性とか見てるのかな?そんなのないよね。当然、スクラッチ部分は削らないと見えないし。うっすら見えるとでも思うんだろうか?」と我々は疑問とそいつの異常性しか分からない。

泥棒ではない。暴力でもない。
自分が得たスクラッチ以外を削って破損するわけでもない。

これは犯罪なのか、どこに訴えれば良いのか、我々は全く分からなかった。
ただただ異常な行動なのだ(当然、他のお客様は気持ち悪いから絶対に見て見ぬフリ)。

コイツが来るとオタ店長の出番だ。「危険人物がいたら自分で処理しようとしないで呼ぶように」と言われているが、呼ぶ前に異様な雰囲気を読み取り、バックヤードから出てきてくれる。オタク店長はガタイがいい。185cmはある。デカいオタク…最強じゃないか!

しかし、その日はバックヤードで翌日発売の大量の雑誌にヒモがけ中で忙しかったらしく、くじ男が来店した気配をオタ店長は感じることができなかった。ツン先輩は2レジ担当。
1レジは、レジスターを嵐先輩(書店員のリーダーで嵐大好き)、2人目と3人目をメガネ先輩(コミックス担当)と私・魚住が入れ替わり立ち替わり動き回っていた。

そして、事件は起こった!

今月も「くじ男」が有象無象書店ホルス無双店にやって来たのである!
ヤツは自分の順番が来ると、いつものようにその日に買いたくなった本をレジに置く。その会計をし、「くじを2枚お引きください」と嵐先輩が告げると、急に定期購読本があることを言い出し、メガネ先輩が背を向けた途端……!!!

箱にガバッと手を突っ込み、デカい手で目一杯くじをわしづかみ。箱から手を出した時には、その手には何百枚というスクラッチくじが握られていた。

それを見た瞬間、「これは絶対に許してはいかん!」と思った私は、ヤツのわしづかみされたくじの束を両手で掴んだ!

私「お客様、お止めください!!!」

すると、くじ男も両手でくじの束を奪い取ろうとする。
私も両手でそれを阻止しようと引っ張る! もう綱引きである。

くじ男「離せ!!!」
私「お客様こそ、離してください! お客様は引けるのは2枚だけです!」
くじ男「どれを引こうと自由だ! おれは客だ! 客がくじを選んで何が悪い!!!」

何を言ってるんだ、コイツは? どんな論理だ!?

その間も、ずっとくじの束を引っ張り合い。異常なくじ男のチカラはやっぱりかなり強い。持っていかれないように渾身の力で踏ん張る。もう私は半ば叫んでいた。

くじ男「離せ! くじを客に選ばせろ! どこが悪いんだ! おれは悪くない!」
私「あなたこそ離しなさい! お客様、くじは何が出てくるか分からないから、くじなんです!  選べたら、それはくじではありません!!! そんなことも分からないんですか!!!」
くじ男「くじは選ぶもんだ!!」

そこに、やっとこさオタ店長が登場。やはり、ガタイのデカい男性を見て、おとなしくなったところを見ると、女性店員だけの時間帯を狙っていたのは丸わかり。ナメんな、バーカ!
異常なくじ男は店長にやんわりと注意されて、すごすごと帰って行った。

(後で思い返してみたら)その間、他のお客様はあ然呆然。取っ組み合いではないけど、危険人物に書店員が立ち向かってしまったのだから。
しかし、嵐先輩とメガネ先輩は平然とレジ前にできた行列をさばいていたようです(くじの箱はもう一つあった)。
さすがプロ! 書店員の鑑!

くじ男が去った後、魚住の手の震えは30分以上おさまりませんでした。ホントにめっちゃ怖かった! 嵐先輩が慰めてくれたのが唯一の救いです。オタ店長には「危険なことはしないように」と注意されました。

実は、その30分後と1時間後に有象無象書店ホルス無双店に無言電話が数回あったのです。
この日の帰り道は、本当に怖かった。
もし待ち伏せして仕返しされたら…おお、怖…!!!

後日談。
異常なくじ男はもう二度と有象無象書店ホルス無双店には来なくなりました。定期購読しているのに受け取りにも来ません。

それは書店にとって大損害です。注文された本、定期購読本は店に届くと電話で連絡します。それで受け取りに来ないと、ずっと宙に浮いた状態になるのです。売るわけにも(簡単には売れないだろうし)返本するわけにもいきません。そもそも返本すると、取り次ぎ先に何%か書店が支払わなければならないので、赤字になるのです(皆さん、注文した本、定期購読本は必ず受け取りに行ってください。でないと結果的に、あなたの街から書店がなくなります)。

くじ男が定期購読本を放置するようになって半年。嵐先輩ががんばって電話で受け取りに来るよう催促したところ……腰が曲がって、今にも倒れそうなおばあさんが受け取りに来たそうです。

おばあさんはくじ男の老いた母親らしいのですが、どうやら「本を受け取りに来られない。遠いところに行っている」と言い残して、代金を払い、定期購読を停止していきました。

嵐先輩曰く、「他のところで別の犯罪で捕まったみたい。定期購読本を取りに来られないワケだよね」。

魚住は思います。
くじは選べません。
それが「くじ引き」です。何が出るか分からないから面白いのです。

そして実感しました。
「本や雑誌が読者を選べないように、接客業もまた、客を選べないんだな」と。

ありがとうございました。またお越しくださいませ。
(次回は最終回です)


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