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15:さらば有象無象書店(最終回・前編)

いらっしゃいませ。
今まで書店員の仕事というと、巡回とかシュリンク、カバーかけぐらいしか紹介していませんでしたが、1日のうちに課せられた仕事というのはもっと山のようにあるのです。今回は最終回ということで、そのうちのいくつかを紹介いたしましょう。知ってたらごめんね。

●スリップ
書籍やコミックスに挟まっている細長い帯のことをスリップといいます。しおりじゃありませんよ。本を買う時にレジに持っていくと、スリップを抜き取って、カバーかけたり袋に入れてくれたりしているのを見たことがあると思います。スリップは抜き取った後に、スリップ入れ(ホルス無双店ではペン立てで代用していた)にどんどん詰め込んでおきます。そして、閉店後にその1日に抜いて集めておいたスリップをジャンル区分けして、それぞれゴムでまとめておきます。有象無象書店ホルス無双店で使っていた区分け箱は大きな木箱に仕切りがたくさんあるものでした。区分けしてまとめたら店長に渡すのです。

スリップはその昔、本が売れた証拠でした。売上金額と在庫の数を合わせるのです。スリップを戻すことによって「店の在庫が減ったから再入荷」の証しでもあります。だから、立ち読みしててもいいからスリップを抜いて捨てないでほしいワケです。「スリップ取っちゃイヤ〜ん♡」とかギャグかまして、ツンデレ具合の激しい19歳のツン先輩にどん引きされていた魚住ですが。

現在では、コンビニで売っているコミックスやアマゾンで購入した書籍にスリップがそのまま挟まっている場合がほとんどなので、スリップは売り上げ数を示すものではなく、しおりと化しています。
スリップは無駄なようですが魚住はそれでもスリップ文化が好きですね。

●お金(釣り銭)のチェック
コミケなどの物販イベントでお釣りを用意したりするのも特別なことではなくなったようなので、お金の扱いの大切さは皆さん分かるでしょう。ホルス無双店では、お金のチェックを1日の営業時間内で5〜6回やっていたと記憶してます。どんなに忙しい時間帯でもレジに行列ができていても必ずやらないといけません。紙幣(1万円、五千円、千円、たまに二千円札)と貨幣(五百円、百円、五十円、十円、五円、一円)のそれぞれの数を、売り上げと合っているかキッチリ数えます。一円でも合わないと何度もやり直しなのです。

●他にもたくさん地味なお仕事
書店員の仕事は一つ一つ挙げたらキリがないワリに地味なので、ここからは一気に羅列していきます。
カバー折り(表紙につけるカバーは折られていない状態で納品されます。それをイチイチ各書籍・文庫本サイズに天地と右側だけを折って揃えておきます。
袋の補充
プレゼント包装紙とリボン作り(絵本や辞書を「プレゼントしたいから包装してほしい」とのご要望には無償でお応えします。そのために様々な柄を用意し、様々なサイズに対応できるように予め切って、揃えておきます。リボンはアクセント付け程度の小さいものをホチキスで留めて、各色作っておきます)
新刊荷開けとヒモがけ(新刊に荷物は正午前後に届きます。それを開けて、区分けしつつ台車に積んでいきます。新刊の週刊マンガ誌、月刊マンガ誌にはヒモをかけていきます。だいたいオタ店長が毎日やっていました)
ポイントカード申込書(今でも他の書店で見かけますが、ホルス無双店でも昔は扱ってました。会計の際に申込みを促すのも仕事の一つですが「じゃあ、作ります」とお客様に言われたら、個人データを記入していただく申込書を出します。申込書は予めカードのナンバーを記入しておき、そのカードと申込書をクリップでセットしておきます。時間が少しでも空くとこの作業をやります)
注文、定期購読申込み
注文された本が到着したお知らせ電話
TOEIC、英検、漢検申込み受付
POP描き(これは選ばれし書店員のみの特権。魚住のキャリアではやらせてもらえませんでした)
返本(配本はその種類、数に書店には権限がない。返本する際にも何%か取られる)の作業(シュリンクをひたすらはがします。一番つらく悲しい作業でした)
一番くじ(フィギュアが当たるやつ)
様々な企業のキャンペーン
駅ビルの接客講習会(持ち回りで各店から1名講習を受けなくてはならなくて、みんな嫌がります。一度出ましたが、元・大手航空会社のCAが正しい接客の仕方などを教えてくれます)
区発行のクーポン券処理
クレジットカード支払い処理

結構、毎日忙しくて、2〜3年やっていたにも関わらず憶えられずにミスばっかしていた作業も多いですね。マメにメモを取りながら仕事をおぼえていたつもりですが「TOEICや英検、漢検申込受付」なんて複雑すぎて、全然憶えられませんでした。

そして、とうとう魚住にも有象無象書店ホルス無双店を去る日がやって来てしまいました。

●オタ店長の苦悩と魚住のリストラ
オタ店長は30代半ばだったと記憶しています。本人はオタクということは否定していましたが。彼は毎月社割(1割引)で購入するコミックスとラノベの冊数がハンパじゃありませんでした。「大学卒業後はマンガ誌の編集者になりたかった」と聞いたことがあります。出版社には入れなかったけど本に関わる仕事がしたかったというのは私と同じなので、ちょっと同志的に感じていました。私がマンガ誌編集者の経験もあったり、小説を書いているというので、自分と会話ができるバイトを採用したかったんじゃないでしょうか。なぜなら、他のバイトはオタ店長がホルス無双店に赴任するずっと以前からこの店で働いているベテランばかりで全員女性。かなり蚊帳の外だったのではないかと思います。

彼は毎日、1時間半以上かけて電車を3回乗り換えてホルス無双店に通っていました。私なぞ毎日の通勤に乗り換えは1回までにしたいと考えているので「店長、引っ越せばいいのに〜!」といつも言っていました。毎日、店に来ると精神的な居場所がない。チェーン店本部からは売り上げや万引き被害について叩かれるだけ叩かれる。本の品揃え、配本などの権限は一切なく、本の陳列は古参のバイトがやってしまう。キリっとしてないとナメられる。人手不足なのに人件費は使えないからギリギリのシフトを組むしかない。

おまけに有象無象書店の社長は3代目のぼんぼん(30代)。現場の厳しさをほとんど知りません。大学卒業後に、有象無象書店の支店で修行し始めた時期に運悪く先代が急逝したため、急遽あとを継いだらしいのです。だから、年齢も若く経験も浅い。各店の店長を締め付けるだけ締め付けて、中途半端で古くさいビジネス理論で追い詰めているだけでした。ある時、出勤するとバックヤードの店長デスクに社長からのFAXが山のように置いてありました。A4用紙に筆ペンで太く書かれた「根性」「努力」などという今どき受験生でも貼らないようなお題目が何枚も見えて、オタ店長の苦悩が垣間見えました。彼は本当は破り捨てたかったと思います。でも、そんなことをしたら、本部や取り次ぎ先が抜き打ち接客チェック(3カ月〜6カ月に一度、覆面検査員が来ます。誰だか分かりません。来る日も分かりません。こっそりやってきて、店内を回り、客のふりをして本を購入し、各項目の点数を細かく付けて、全国で順位を付けているようです。別に、社長自らが各店を回るチェックもあります)にやって来た時に「なぜ貼ってないんだ!」を叱責されてしまいます。本当にオタ店長が可哀想で仕方ありませんでした。あんなに毎日頑張っていたのに……。

そんなある日、魚住は「もっと働きたいので、もっと長くシフトに入れてほしい」と要望を出してしまいます。私は私で、書店員のバイト収入だけでは暮らせていませんでした。仕事は大変だけど、2年以上いればずいぶん仕事もおぼえてきたし、ちょっと言ってみてもいいかなと思ったのですが…それが間違いでした。

そう、本の売り上げは伸びず、万引き被害があり、人件費削減。そんな時期にそんな要望が通るはずありません。

書店員の時給は日本全国どこに行っても激安ですが、半年に一度は25円ぐらいは昇給します。ホルス無双店のベテラン書店員たちも10年以上働いていたらそれなりの時給になっていたのです(だから学生バイトを雇いたいのです)。でも、ベテラン書店員たちにも言い分はあります。何度も「社員になりたい」旨を本部に伝えていたにも関わらず(そういう制度があったらしく、それで頑張っていた)、無視され続けていた。高校卒業してから書店員として働いて16年。青春を返せって話です。

そんな彼女たちに、「シフトに入らないでくれ」「魚住さんが働きたがっているから働く時間を彼女に分けてくれ」とオタ店長はどうしても言えなかったと思うのです。
言っておきますが、普段のシフトでは人手不足になります。人件費さえ削られなかったら全員シフトに入っても何の問題もありません。

オタ店長は苦渋の決断をしたんだと思います。
「魚住さんは、書店員の仕事の他に、編集者としてのキャリアと小説書きもしている」と。
この歳になって編集者のキャリアなんて何のつぶしもきかないし、小説は全然売れてないけどね(未だに食えてない)。

「他のバイトは他の仕事や業界を全く知らない。魚住さんは書店員じゃなくても生きていけそうだ。もっと稼げる仕事に転職してもらった方がいい」
多分、そう判断したオタ店長は魚住にリストラを言い渡したのでした。

しょうがないよね、オタ店長の気持ちを考えると…。
ええ、円満退社ですよ(笑)。

魚住は編集者歴は35年ほどありますが、他にも様々な仕事をしてきました。
洋食店の厨房でひたすら鍋を洗ったり、パチンコしたことないのにパチンコ屋で働いたり、チラシのポストイン、ケーキ工場、スーパー、居酒屋、文房具屋、区画整理の調査、飲料工場、印刷工場などなど……。

その中でも一番、書店員がおもしろかったですね。
多分、それは私が本やマンガを愛しているからだと思います。
本の流通の様々な裏側や闇も見てしまいました。困った客も沢山いました。
でも、「作っている」人間からすると「売る」現場も知りたい。いや、知らなきゃいけないと思います。

私は、編集者は必ず一度は書店員をしてみるべきだと考えています(書店員経験者は別の研修で)。
大手・中小関わらず、出版社に入社した新入社員は全員、研修として書店員を3カ月から半年するべきです。
お客さんはどんな本を求めているか、どんな企画がウケるか、ヒントは書店にたくさん落ちています。

名刺に「編集」という肩書きがあるくせに制作・編集は編プロやフリーに丸投げして、売れないと他人(と電子書籍)のせいにする大手出版社のミーハーなだけの社員どもは、一度でいいから万引き犯と闘ってみなさい!

それではさようなら、有象無象書店
ありがとう、ホルス無双店!!!

次回は本当の最終回です(引っ張ってごめん)。


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