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実録「上から書店員」04:超能力がほしい!

いらっしゃいませ!
全国書店員が選ぶという「本屋大賞」なんか1回も選ばせてもらえないどころか、お声もかけてもらったこともない有象無象書店ホルス無双店です。
どこの「全国」なんだか…それとも、我が書店がある東京都夜露四区は全国に入ってないんじゃろうか? 教えて池上さん!(←池上さんもいい迷惑か…)

でも、東京都夜露四区に限らず、高齢化社会になって、街中にお年寄りがわんさか(←死語!)増えておりますねぇ。団塊の世代が定年退職になってから以降は、悠々自適な生活を送る方々が有象無象書店ホルス無双店にも毎日たくさんいらっしゃいます。特に男性に問題のあるお客さんが多いのです。

全体的に見て女性はまだ生活や趣味での楽しみ方を知っている人が多いですが、長年「仕事人間」だった男性は急に生き甲斐やら毎日通う場所を奪われると「何していいか分からない」のでしょうね。おまけに、住んでいる地域のコミュニティ活動をしてこなかったから地元の友達ももうほとんどいない(←私もね)。家にいても居場所もない。

そうするとね、たいがいは毎日のように本屋さんに行くんですよ。でも、この場合のお年寄りは、大卒で会社員だった男性。そして、定年退職時にはある程度の役職に就いていた人なのです。職人のおじいさんは毎日は来やしません。まだまだモノ作ってるもん。引退したとしても別の趣味かな。

そんな行く当てもない団塊の世代を受け止めるのも書店なのですよ。
有象無象書店ホルス無双店にも毎日のようにやってきては、「かぐや姫かよっ!」ってぐらい無理難題を言う困ったお客さんは悠々自適な生活を送るお年寄りなのです。

ちなみに、有象無象書店ホルス無双店には6〜7人の書店員がいるのですが、毎日全員働けるわけがなく、人件費の関係上「店長以外、最低でも2人」。昼間シフトは新刊の荷開けやシュリンク作業(今度、解説します)などがあるので店長以外、3〜4人で広い店内を駆けずり回っているのです。

よく年配の女性から「書店員はヒマな時に本が読めていい仕事だわね〜♡」と愛想良く儀式のように上滑りなことを言われるけど、「そんなヒマは1ミクロンもねーんだよっ!」とはらわた煮えくり返っていたことを一応ご報告いたします。

そんな人件費がなく、メンバーが全員出勤・労働できない状況で慢性的な人手不足状態で、毎日がてんてこ舞いのなか、その困ったお年寄りの客は常連の顔をしてやってくるのですよ(こういう客が3人ぐらいいた)。

そして来店するなり、レジカウンターの他にもう一つあるカウンターテーブル(ここでは本を注文する際にお客さんの個人情報を書いてもらったり、プレゼント包装を待ったり、ポイントカード登録する場所)の前にいきなりドッカリと座り込む。

店員「いらっしゃいませ!」
彼は来店するなり、大声でこう叫ぶ。
「アレ、持ってこい!!!」
店員「え……? アレとは何でしょうか?」
爺「アレはアレだ! あの本持ってこい!」
店員「あの…本のタイトル言ってもらわないと探しようが…」
爺「わからんのかっ! おまえら、それでも本屋か! アレって言ったらすぐわかるだろうがっ!」

わかるか、ボケーーーーーーっ!!!

なにか? 私らはテメーの女房か! 「アレ」「それ」「これ」ですべてわかってしまう長年ツーカーの連れ合いか!

はっ! 貴様…私ら書店員が全員揃って実は「超能力者」だということをどこで知っ……ってなことあるかーーーっ!!!

という地底から湧いてくるマグマのような怒りを押し殺し、引きつったような笑顔でこう聞き返すしかない現実。

店員「お客様、それがどういう本かヒントをいただけますか?」
ここから本のジャンルを聞き出し、どこでいつ頃知ったか(映画化されているなど)とか著者のイメージを聞き出し(著者さえ分からない)、そのたびにネット検索をかけて、在庫があるようなら書店内を文字通り駆けずり回る。広いんだよ、有象無象書店ホルス無双店は…。

その間、その客はずっと喋っている。世間話だ。喋りたいだけじゃん。寂しいんじゃん。「淋しいのはお前だけじゃない」ってドラマなかったっけ?(いや、今そんなことはどーでもいいや)話す内容は「最近の若いもんは」か「太平洋戦争の話」と「政治がなってないという意見」…。

そして、だいたいこういう客は口調が偉そうで上から目線。定年退職時には、かなり上の役職に就いていたのか本当に偉そうだ。
何度も言う。私らは、あんたの女房でもなければ部下でもない!

私らだって、お客さんじゃなくても道を聞かれたら普通に教えるし、電車内で席も譲る。「普通に」お年寄りは敬っているつもりだ。
でも、いきなりこの攻撃はないだろよ、じじい。
仕事だから頑張ってリクエストに応えるけどね、やりすぎは良くないのよ。

ああ、超能力が欲しい。

こういう客が3人ぐらい毎日来る常連さん。そのうち、1人はおばあさんで、連れ合いの「アレ買ってこい!」を全く分からないまま書店に来ちゃって、書店員と一緒に悩むワケ(メモは渡されるみたいだけど、字が汚くて読めない)。なんだ、これ。自分で探しに来いよ。

毎日困らせられているし、怒鳴られるし、散々だけど……でも、買ってくれるからまだ全然いい。効率めちゃくちゃ悪いけど。
それにこういう客は小説を書く時のネタにしようとよーく観察してたりもした。そうでも思わないとやってられない。

スーパーマーケットのレジ前の大行列に並んでいた時の話。前に並んでいたおばあさんのカゴに、おじいさんがふらっとやって来ては、無言で商品を入れていく。「夫婦か…」というのは分かるのだが、別に何も言わないし、目も合わせないで黙ってカゴに商品を入れて、またどこかに行ったと思ったら、戻ってきては無言でカゴに入れていく。
何度か繰り返して、おじいさんがまたどこかに消えたと思った瞬間…なんと!おばあさんが…「チッ!」と大きな舌打ちをしたのですよ。いやあ、驚いたのなんの。顔を見たら鬼の形相(笑)。夫婦って大変ね〜♡

この観察を元に、短編小説を1本書きました。人生に無駄なし!

オタ店長に「本シェルジュって最近いるみたいですけど、この店に…」を言った瞬間、食い気味に「そんな人、雇ったり、育てたりする予算ないよ」と言われる始末(板挟みはつらいね店長!)。まぁ、書店員は全員「本シェルジュ」(=本のコンシェルジュ)の役割しなきゃいけないみたいですね。

有象無象書店ホルス無双店に勤めて16年のベテラン書店員リーダー(嵐が大好き)曰く、「最近、オシャレな書店が増えて、店内にいくつかベンチが置いてあるの見たことある? あれはオシャレな街にある本屋さんだからできるんだよ。下品な夜露四区の本屋で椅子なんか置いたら、『ただ座りに来る』だけのお年寄りとヤンキーで満杯になっちゃう。で、誰も本は買わないよね」。ああ、確かに。ごもっともでございますな。

しかし、これだけ書店が減っているのを見ると、来てくれるだけでもうありがたいのかもしれない。
「情報は書店で得る」時代はとっくに終わっている。
でもね、街から書店が消えるとその街は「寂しそう」に見える。

本が好きじゃなくても、買うのが目的じゃなくても、「アレ」だの「それ」だのワケわからなくても「毎日行く場所」に指定してもらえるだけよかったのかもしれない。
だから、「本シェルジュ」じゃなくても一瞬にして客が欲する本を探す超能力は欲しいもんだ。

本のタイトルは解明したが在庫なし・絶版の場合、魚住は親切心からものすごく小声でこっそりお年寄りに教えていることがあった。

「お客様、アマゾンってご存じですか?」
……ニヤリ。

「ありがとうございました。またお越しくださいませ!」

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