見出し画像

【超短編】留守番電話

「どっちが先に死ぬか競争だな」
十年前、親友とそんな馬鹿げた話をして笑っていた。


二十五歳。独身一人暮らしの女。仕事はたった今やめた。耐えられなかった。
気が付いたら毎日死にたいと考えるようになってしまった。多分心のどこかが腐っているんだろうが、専門の病院に行く時間も金もない。
十年前はこんなとき、親友にLINEでもして話していたけれど、今はそれも無気力だ。親友とのLINEの履歴は、半年前で止まっていた。
ぼんやりと寝転んで死にたいと考えていると、半年前から時が動いた。震えるスマホを見ると、親友の名が表示されている。電話だ。
電話なんて出会ってから一度もしたことがない。不思議に思いつつ応答した途端、切れた。奥で無機質な音がぷつんぷつんと聞こえてくる。かけ直すべきか。いや、間違い電話かもしれない。
そうこうしているうちに、留守電が入った。急用だったのかと思いつつ再生すると、無機質な音に混じり、微かな吐息が聞こえてくる。そして。

「海、めっちゃ綺麗だよ」

親友の声が聞こえた瞬間、わたしの脳内に十年前のやりとりが蘇った。

“死ぬときは言ってね、約束だよ”
“わがままだなぁ…LINEで一言言うよ”
“嫌。声が聞きたいから、電話がいい”
“仕方ないなぁ”

ああ。
わたしはスマホと財布を手に家を飛び出した。電車を乗り継ぎ、港町へ向かう。高校時代、親友もいた部活合宿で来たことがある、人気ひとけのない海だ。
わたしはもう一度留守電を再生した。

「海、めっちゃ綺麗だよ」

彼女の声はいつもより落ち着いていて、柔らかで、冷淡だった。ならばわたしも。

「確かに綺麗だね」

そう留守電に入れると、わたしは淡い青に溺れた。
親友が見た海とこの海はきっと違う。でも、同じだ。きっと辿っていけば、何処かで同じ海になるだろう。
不意に眠たくなって目を瞑る。心の中が砂嵐を映したようにホワイトノイズで満たされていく。

あんたの勝ちだよ。

宜しければ。