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心霊現象再現ドラマ・『霊のうごめく家』4

 『霊のうごめく家』の作劇と演出~「小中理論」の生成とビデオ撮影
 
 『ホラー映画の魅力』や複数のインタビュー(※21)を読むと、『邪願霊』から始まる「小中理論」の成立が、あまり小中自身の意にそぐわない苦肉の策の結果であったことが伺える。

 バンドマンでありつつ特殊メイクの実作を試行錯誤していた小中千昭(※22)が大学卒業後に仕事としたのは、映画業界ではなくテレビ業界であった。1986年にテレビ局の下請けであった制作会社に入社後、ディレクターとしてプロモーションビデオや企業のPRビデオ、テレビ番組、CMの演出を手掛ける一方、特殊メイクのスタッフとしてTBSのテレビドラマの制作に参加した。
 約30分の連続ドラマ『おヨビでない奴!』(1987年~1988年)、二時間ドラマ『オシャレ泥棒』(1989年5月9日)、『アリスの穴の中で』(1990年)など。小中千昭は兄の小中和哉と共に、その後もTBSでの仕事を続けていき、石井てるよし同様、『ウルトラマンティガ』への参加に繋がる。
 
 ちなみに『おヨビでない奴!』の脚本は遊川和彦、主演は人気少年アイドルであった高橋良明、植木等(小中千昭と兄である小中和哉は、どちらもクレイジーキャッツの映画を愛好、謎の自主映画『刑事あいうえ音頭』では植木等と谷啓のみならず、桑田佳祐など大御所ミュージシャンを出演させた)、所ジョージ、田中美佐子、久米明。『オシャレ泥棒』の演出は吉田秋生、出演は宮沢りえ。『アリスの穴のなかで』の演出は堀川とんこう。出演は小林薫、手塚理美、木内みどり、それに手塚眞や原口智生と縁のある伊武雅刀。

 主に緑山スタジオで撮影されたテレビドラマ制作の現場において、小中千昭は脚本と演出のノウハウを学んだという(※23)。富田靖子や田中美奈子のMVにも特殊メイクのスタッフとして参加している。『邪願霊』の制作は1987年(※24)だが、同作の撮影と並行してテレビドラマやMVの制作に携わっていた経験を、小中千昭は『邪願霊』の脚本に反映したのは間違いない。新人アイドルのプロモーションキャンペーンを取材するテレビドキュメンタリーの構成と演出を巧みに取り入れた『邪願霊』は、MVの撮影現場で起きた怪奇現象で終わるのだ(※25)。

 だが『邪願霊』の脚本と演出は、約700万円の低予算とビデオ撮影を逆手に取った、あくまで苦肉の策であった。「ビデオでどんなに映画的に撮ろうとしても、安っぽい映画の真似にしかならないということは、私は自分の仕事で嫌というほど学んでいた。」(※26)。実際、オリジナルビデオ版『ほんとにあった怖い話 第一夜』と同じ1991年、『邪願霊』の演出を務めた石井てるよし(※27)と組んで、若狭新一の特殊メイク、東映のスーツアクターによるアクションを駆使した劇場映画『TARO!TOKYO魔界大戦』が制作された(ここでもクレイジーキャッツの谷啓が出演。谷啓もまた、怪奇映画を愛好していた)。

 小中千昭が本当に撮りたかった映画とは、欧米のホラー映画を反映した『TARO!』、実現しなかった怪獣映画『小中ガメラ』(※28)であったと推測させる思いが、『ホラー映画の魅力』の行間からは滲み出ている。
 それでも1991年の冬、『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』2号に高橋洋の『小中千昭『邪願霊』の衝撃』が掲載されたことも要因のひとつとなり、小中千昭の思惑とは裏腹に、『邪願霊』はJホラーとカテゴライズされる一連の作品の起源と位置づけられ、事態は小中千昭と石井てるよしの思惑とは異なる方向へと動き出す。(※29)。
 
 ところで『邪願霊』を小中千昭は「疑似ドキュメンタリ」と呼んでいるが、実際の作品は「疑似テレビドキュメンタリー」と表現したほうが正確である。なぜなら作品そのものが、本来は放送される筈であったテレビドキュメンタリーのビデオ映像が、何者かによって再構成され、市場に流通しているというのが『邪願霊』の設定であるからだ。つまり作劇と演出が、ビデオソフトの流通形態と一心同体になっていた。その根底には、当時のテレビ放送にたいして視聴者が感じていた猜疑心と不信感が流れている。

 『邪願霊』が発売された1988年、既に「やらせ」の概念はひろく視聴者に定着していた。1985年、テレビ朝日の『アフターヌーンショー』は暴走族を取材したVTRを制作する際、番組スタッフと暴走族メンバーが共謀して暴行事件を起こし、それを撮影したのだと取り沙汰された。結果的に番組自体が打ち切られることになったが、この時期から「やらせ」が決定的に問題視され始めていた(※30)。ソーシャルメディアが普及した現在とは異なり、視聴者は放送される内容を一方的に受信する姿勢が大半を占めていた。放送内容に違和感を抱いたとして、局側に問いただせる手段は殆どない。そのもどかしさが、90年代に本格化する「やらせ」批判に繋がっていく。

 それでも『アフターヌーンショー』や『奥ヒマラヤ—禁断の王国・ムスタン』は、あくまでも現実の社会で起きていると実証可能である出来事を取材したニューステクストだ。しかし、その余波はオカルト番組も対象にしつつあった(※31)。その検証は別のカテゴリに譲りたい。
 

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