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年を重ねて見える景色 ~「茶の湯の冒険」を読んで~

森下典子さんの『茶の湯の冒険 「日日是好日」から広がるしあわせ』を、先日読み終わりました。

厚い本ではないのに、読み応えがありました。
森下さんの文章は、難しい言葉はないのに中身がぎゅうっと詰まっている感じで、数行読むと、ふーっ・・と天を仰いでしまうことがあります。
口に入れたご飯を、箸をいったん置いてよく噛むように、
言葉に込められていることが、胸の奥のほうまで到達して
それを噛みしめるのに時間がいる時がある・・・そんな感じ。

過剰でも過小でもなく、身の内や外に生じたものを淡々と的確に、しかし、どこにもなく誰にもマネできない文体で表す。森下典子の文章は自在で自由でありながら、独自の規律があり、優美かと思えば、わたしたちの日常の言葉にするりと寄り添う。

「茶の湯の冒険」解説 読む前と後では、日常が微妙に違ってくる(あさのあつこ)より

森下さんの文章は、他の人とどう違うのかと思っていたのだけど
あさのあつこさんがこんなふうに書かれていて
少しだけわかったような気もします。

映画化された『日日是好日』も、
そのくらい琴線に触れる言葉が出てきて
込み上げてくることが多かったのでした。

『日日是好日』については、絶対noteにも書いたと思ったのだけど
ちょっと見つけられていません。
本当に大好きな本で、自分のエクスリブリス蔵書票があったら、一番にでも貼りたいくらい。
映画はドラマ仕立てになっていたけど、原作はエッセイ。
二十歳のときにお茶の稽古に通い始めてからの二十五年が綴られたもので、
コンプレックスや、婚約者との別れ、父親の死など、
さまざまなことに悩んで乗り越え、
同時に茶道のなかに気づきを得て成長していく姿が綴られていて
お茶とは、こんなに深いものだったか!と知りました。

『茶の湯の冒険』は、映画化の経緯や過程が綴られている体験レポートのような感じかと思ったら、そう単純ではなかったです。
読みながら時々うるっときたり、
あとがきや、作家あさのあつこさんの解説まで、なぜか泣けてしまったのでした。

映画は、映画館で観ました。
原作を読んでいたので、それがどんなふうにドラマ仕立てになっているのか、
さら~~っと観る感じでした。

でも、この映画がどんなキッカケで映画化することになり
どんな風に作られていったのかを読んでみたら
こんなに大変なことが詰まっている映画だったのだな、と思い
もう一度観たくなりました。

まず、現代劇では史上初のお茶の映画ということ。
にも関わらず、監督もプロデューサーも役者も、ほとんど誰も茶道の経験がなかったのだそう。
それが、映画のためにまず茶道を習うところから始まり、
森下さん自身も現場にスタッフとして加わることになり・・と
制作が進んでいく過程がとても興味深く描かれています。

いまは亡き樹木希林さんの役者としての凄みのようなものも感じられたり・・・。

そして、もっと琴線に触れたのは
お茶の先生との40年前のやり取りの場面を、映像として客観的に観ることで、そのときの先生の気持ちがわかるようになっている自分に気づくところ。

 かつて私は、あの縁側の娘だった。だけど、六十歳を過ぎた今、あの娘は遥か遠くになっていた。
 言って聞かせてもらわからないことがある。年月をかけることでしか、届かない場所がある。今の私はむしろ、「何でも頭で考えるから、そういう風に思うんだね」と、彼方を眺め微笑むしかない先生の気持ちが手にとるようにわかる。それがわかるほどに、私も年を重ねてきたということなのだ。

「茶の湯の冒険」

若いときには、どうしたってわからない、思い至らないことがある。
私も自分を振り返って、それは山のようにあったなと思います。
年を重ねることでしか、わからないこと。
でも今は、けっこういろいろなことがわかってきてるのでは?
物事の理解が進んでいる自分に気づけるということは、
私も、まあまあかもしれない。
そう思えるなら、年を重ねることも悪くないなあと思います。

森下典子さんとは、もともとイタリア・ルネサンスを通しての不思議なご縁で、noteにも以前書きました。
ちょうど『日日是好日』を読んだころ、
私は友人と2人で表参道で写真展を開いていて
森下さんもいらしてくださるはずが来られなくなり
ギャラリーにお電話をいただいたことがありました。
そのときに、『日日是好日』を読んで本当に感動したこと、
ずっと大事に読んでいきたい本だとお伝えしました。
そのときの会話の場面が、今でもはっきり記憶に残っています。

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