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京極夏彦『邪魅の雫』 読書感想文

皆さんどうも、ぜとこです。
最近Dミスでブログを作り直そうということで、過去に書いた記事を載せ直します。新しいのもまた書けたらと思ってます。
内容は京極夏彦さんの『邪魅の雫』の感想です。途中からネタバレしますのでご注意を。


●あらすじ
江戸川、大磯で発見された毒殺死体。2つの事件に繋がりはないのか。小松川署に勤務する青木は、独自の調査を始めた。一方、元刑事の益田は、榎木津礼二郎と毒殺事件の被害者との関係を、榎木津の従兄弟・今出川から知らされる。警察の捜査が難航する中、ついにあの男が立ちあがる。百鬼夜行シリーズ第9弾。(講談社文庫より)

●簡単な所感
大好きな百鬼夜行シリーズの、現在最も新しい『邪魅の雫』。
この作品、世評を見てるとあまり人気がないようですが、個人的には結構気に入っていて、普通に良作レベルはクリアしていると思っています。
ファンから不満を持たれやすい大きな要因は、やはり作中での妖怪成分や蘊蓄がシリーズ中で最も少ないことでしょうか。過去作では、その膨大なページ数を妖怪・民俗学・宗教の語りに費やしており、それが異様な世界観を築き上げ、常識を揺さぶるような解決編である憑き物落としと有機的に連動しているのが特徴でした。
今作では、細かい視点の切り替えで淡々と事件のピースを拾い上げていくような造りとなっており、ストーリーの起伏も控えめ。京極堂の憑き物落としのパートも、絡まりあった事件の糸を綺麗に解きほぐしてはいるが、シリーズに慣れた読者だといまひとつ地味な印象を抱くでしょう。
その分、ミステリー部分の完成度は高く、丁寧に書かれた調査・捜査パートが自分にとっては大変面白かった。レギュラー陣の出番が控えめではあるが、キャラクター小説的な楽しみはしっかりと保たれているのも好印象です。



ここからはネタバレを交えての感想ですので、未読の方は進まないようお願いします。



























●事件の構造
「連続殺人」ではなく、「連鎖殺人」であるのがミソ。
今作の憑き物は伝染病のごとく人から人へと移っていき、次々と殺人を引き起こしました。
邪な憑き物を殺意へと後押しすることとなったのは、このシリーズで度々登場している陸軍第十二研究所で開発されたという毒物「しずく」。
致死量が0.5ミリグラムと極端に少ないうえ、その危険性と反して取り扱いもしやすく、挙句の果てには経口摂取させず皮膚に垂らすだけで対象を殺害可能という、殺傷用途にのみ特化した極めて危険な代物。邪な憑き物を象徴する毒物。
思えば、今作の黒幕的存在である神崎宏美がその毒を開発者から相続してしまったこと、いやそもそも開発されてしまったこと自体が悲しい一連の事件の発端といえます。まさに、はじめに凶器ありきということでしょう。ここの部分はシリーズで一貫されている『魍魎の匣』の動機論とも関連性がありますね。

●益田&関口
今回のシリーズキャラ視点その一。榎木津サイドから事件を調査する。
今出川から調査を依頼されたバカオロカこと益田と、目的もなく引っ付いてきただけの関口というかなり下僕指数の高いコンビです。
いつもはアレな関口が、今作では要所要所で含蓄のある言動をしており、地味にいい味を出しています。『塗仏の宴』までの作品ではひたすら酷い目に遭ってきた関口ですが、前作の『陰摩羅鬼の暇』をきっかけにして少しずつ再生しているような気がしますね。
益田が榎木津からちゃんと名前を呼んで貰えるシーンと、関口が榎木津と「対等の友人」として渡り合うシーンは必見。

●青木文蔵
シリーズキャラ視点その二。
『塗仏』の事件のやらかしで査問会議にかけられ、交番勤務となってしまった青木。江戸川の事件を発端にして捜査に深くかかわっていくこととなる。
中禅寺や郷嶋といった十二研関係者との絡みが多く、自分の立場からの制約を弁えながらも殺人事件と毒物の関係性に到達するなど、かなりの活躍を見せます。これは良くも悪くも木場のような真正の暴走刑事には出来ない役回りですね。

●江藤徹也
ある意味、今作を最も象徴する人物。
邪な「しずく」に魅せられ、「彼岸」に連れ去られ、自らの「世界」を邪に歪めてしまった男。
連鎖する憑き物を象徴する彼が、あのような最期を迎えてしまうのはやむ無しといったところでしょうか。

●大鷹篤志
前作、『陰摩羅鬼』の事件によって自我を揺るがされ、刑事を辞職して失踪した大鷹。
前作以上にヤバい言動に拍車がかかっており、その内面まで描かれるものだから読んでいて少しいらいらさせられるパートでした。

●西田新造
新進気鋭の画家。絵のモデルであった宇都木美菜に特別な感情を抱く。
美菜の異変をきっかけにして、少しずつ危うい内面の殺意を膨らませて行ってしまいます。

●神崎宏美
今作の黒幕的存在。榎木津の元カノ。原田美咲であり、真壁恵であり、宇都木美菜であり、神崎礼子でもある。祖父から遺産と共に「しずく」を相続する。
現在でも榎木津に想いを寄せており、その恋心が邪な黒い願いとして事件に顕れてしまうこととなります。自らの邪な部分と善なる部分を他者に託したが、結局は邪な願いが勝ってしまう。
操っているようで状況に操られているだけの黒幕。
物語の最後では、その榎木津から“罰”を受けることとなります。

「人は邪悪に魅入られ易いものなのでしょう。私もあなた達も。だから簡単に人を殺す」

●榎木津礼二郎
いつになくシリアスな探偵。今回は探偵ではなく、榎木津礼二郎個人として動きます。
女性人気が高い(と思われる)キャラなため、その女性関係の行先は多くのファンをやきもきさせたことでしょう。

「僕は君が嫌いだ」

●終わりに
早く『鵼の碑』が読みたいです。ひたすらに読みたいです。
Dミスでもそのうち『魍魎の匣』あたりで読書会出来ればと思ってます。ちょいちょいシリーズの読み直しもしたい。



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