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昭和遊女考(祠の参考文献にかえて)

 遊女や遊郭について記した書物は数多くあれど、昔遊女の実際の言葉を、そのまま書き記した本というのは、実に少ない。

 一番深い傷、そぅさねぇ、妹の嫁入りだ言うて母さが金借りに来た時かいネ、姉のお下働きの涙の金が、いっぱしの男の女房になれる妹の祝い金だと思ぅた時、
「何で私ばかりお股開きで仕送りせんならんのか、妹にも同じ事させりゃ良い」
 母さに言いたかったがグンとこらえた。その分、心に傷がギィとついた。体全部、痛かったョ。(鬼追い47頁)

 小説の史料として読んだはずだったのに、何度泣かされたことか。


 渡辺はこれらの本に出会うまで「遊郭」という言葉に、華やかなイメージを持っていきました。あるいは、きらびやかな町。あるいは、文化的な薫り。あるいは、レトロな町。

 でも、これらは男性から見た遊郭のイメージに過ぎません。

 たとえば、その「遊郭」で、生理を迎えたばかりの十四歳前後の娘が、客を取らされていたと知ったら、果たして同じイメージを抱くことができるでしょうか。
 華やかと言えるでしょうか。レトロと形容できるでしょうか。

 これは、江戸時代の話ではないです。昭和初期の話です。

 私ゃひねくれるだけひねくれたよヮ。二十二の娘ざかり、十年の間に、考えて見な、年に、七百八十人の客だョ、女将さんの帳簿に書いたったんョ。何と少のう見ても、七千八百人の男相手に、この小さなお股の穴が働いたんさネ。(鬼追い50頁)

 十二歳の頃から廓で働いた女性の話です。


 竹内智恵子さんが聞き手となって昔遊女たちの言葉を聞き書きした「昭和遊女考」四部作には、こういった話が数え切れないほど載っています。

 もちろん自ら望んで廓(くるわ)に身を沈めたわけではありません。貧しさのため親に売られ、自らの意思に反して女性たちは廓の水を浴びました。

 中には性病で亡くなった遊女もいました。そうして自ら命を絶つ遊女もいました。

 もちろん歯を食い縛って年季を勤め上げ、家族の借金を返し終えた遊女もいました。
 しかし何年か振りに帰郷をしても、その家族からはねぎらわれることもなく、まるで別の生き物のように扱われ、果ては邪魔者のように言われ、町民らにひそひそと陰口を叩かれ、深い失望を胸に廓町に戻ってくる遊女があとを断ちませんでした。

 家族のために、それだけのために、笑いたくもないのに笑って、好きでもない男に愛想を振りまいて、果ては身体を売って、長い年月を耐え抜いて生きてきたにも関わらず。

 遊女たちは、男たちに求められた存在ながらも、明確に差別をされていました。
 どれほどの女性が、無念のまま一生を終えたことか。

 読みながら何度も頁をめくる手を止めては、物思いに沈みました。


 しかし、でも、惨い話ばかりではありません。

 おてんとさんにパッカラと広げ、テンカラボシしたんでやすテ。日光消毒が、お商売道具にゃいっとう利き目あってさネ。ポッカポッカと、ぬくぅいおてんとさんの光で、お道具はあったまり、だぁれものぞかぬを良いとして、ほんのいっとき、ぬくぅいあったかみでとろんと眠って、ときにのぞき見するんは、蜂メや蠅メ、おしろとさんにゃ、お秘所のテンカラボシなんて、考えても居らんこってしょうテ。(昭和遊女考234頁)

 一体、どういう体勢でテンカラボシをしていたのだろうと想像をすると、何だが笑みがこぼれてしまいます。

 いっとき気伏せになる程、切のうてねえ、女郎とて、心は女、恋とてしますわいなぁ。
 見果てぬ夢、叶うことない恋。たった一度、廓に来て三年目、十七歳の時、そのお人思ぅただけで心ふるえ、胸高鳴り、食事も細ぅなって、今思うと哀れ。(鬼灯火(ほおずき)の実は赤いよ52頁)

 遊女だって人間です。恋もします。恋煩いもします。それは我々と何も変わりはありません。

 「これが明日からのおんしの仕事やョ」
 遣り手の言葉が何十年も体の隅に残っとる。(娑婆恋どり209頁)


 もっと惨い話も、しみじみ泣き出したくなる話も、思わず笑ってしまう話も、まだまだ沢山あります。でも、権利的にあまりよろしくないので、引用は控え目にします。

 鬼追い 続 昭和遊女考
 鬼灯火の実は赤いよ
 娑婆恋どり 廓女いま、むかし

 だから、ぜひ、読んで欲しいんです。

 彼女たちの人生に触れて欲しいんです。

 しかし残念ながら、今現在すべての本は品切れとなっています。

 これらの本は、読み継がれるべき本だと感じています。
 再販が難しくとも、電子書籍化だけでもして欲しいと願っています。

 読んでみたいと思った方は、ぜひ図書館や、古本を探してみてください(古本は割と出回っています)。

 現在、一般的に言われている「遊郭」のイメージが、根底から覆ります。

 そして遊女と呼ばれた女性たちが、自分たちと何ら変わることのない人間なのだと、気づきます。

 どうか、ぜひ、読んで下さい。


(そうして、これらの書籍を参考にして書き上げた長編小説「祠」も、気が向きましたら、どうぞ読んでみて下さい)

 それではここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

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