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多分「幸せ恐怖症」、という話。

正月恒例の、義母宅訪問イベントが無事に終わった夜。
夕食の後、夫と息子が風呂に入っている……というタイミングで、ふと先日のカービィカフェで買ってきたオルゴールに目が留まったので、何気なく鳴らしてみた。

カービィのゲームBGMのフレーズがオルゴールで何度か流れて止まる。
……のを聞いていたら、唐突にぶわーーーーっと「息子が死んだ後(!)に遺品として残されたオルゴールを聞いている私」という、何ともありがちな設定のドラマが頭の中に流れてきて、泣けてきてしまった。実際に涙が出てくるレベルの、割とマジ泣きである。

一応書いておくが、息子は全然元気だ。持病もないし、風邪すら引いていない。なんならリアルタイムに風呂場から、夫と何やらキャーキャー騒いでいる声まで聞こえてきている。

のに、何だこれは。
いや、妄想癖とか空想癖は元からある。元からあるし、妄想や空想で涙ぐむ癖もあるっちゃある。最近はあまりなかったけれど、子供時代は日常茶飯事だったし、大人になってからもちょいちょいある。
が、ここまで制御不能な勢いで妄想が展開されたのは初めてだ。何となくセンチメンタルな気分の時に、そっち方面の妄想をするならともかく、全く何も悲しい気分になっていない時に、唐突にそんな妄想が噴出するパターンはこれまでなかった。

ちょっと自分でびっくりして、PC前まで退散し、鼻をかんでからよくよく気分を落ち着けて考えよう……と思っている内に、風呂から出てきた息子が近くに来て喋り始めたので、妄想自体は止まった。のだが、怪奇現象である。
何だ何だ、悲劇のヒロインな気分に浸りたかったのか私?
その後は妄想の再発はなかったが、どうも納得がいかなかったので、そこから数日かけてつらつら考えてみた。

まず、直接のきっかけのオルゴールだが、別にオルゴール自体に悲しい思い出がある訳ではない。確かにオルゴールの音色は聴きようによってはセンチメンタルな音色だが、カービィのBGMなのだ、全然のんきなメロディーである。

次。例えば元旦から深刻なニュースを連続してTVで目にしていて……のような外的要因。
これは無いとも言い切れないが、私はそういう意味で心配性では全くない。正常性バイアスがかなり強くて、自分だけは大丈夫なような気がしてしまうタイプである。(不謹慎でごめんなさい)
これはこれで災害時には良くない性質だが、それは一旦置いておくとして、通常私にとって、そういうニュースが「息子が死んだら」のような妄想の引き金になる確率は低い。

となれば、以前記事に書いた「母の葬儀イメトレ」の発展形としての、「親しい人を脳内で殺す習慣」が発動したパターン。恐らくはこれなのだろうが……死因が省略されているのも解せぬし、更に不可解なのはタイミングである。息子や夫が家にいない時ならともかく、二人とも家にいて、なんなら義母宅で義弟一家にも会って、この日は「寂しさ/孤独感/喪失感」のような感情とは完全に無縁の日だった。何故わざわざこんな日に、そんな妄想が不随意に発動したのか……。

あ。逆に疲れてたからか?
今回の義母宅訪問は、死ぬほど疲れたお盆の時ほどの精神ダメージは負っていない。むしろ今回は義弟家の子供たちのお陰で、トータルで言えば「楽しかった」感想の方が勝っている。
が、自覚がなくともそれなりの疲労はあるはずで、それで感情がバグったか……?

あるいは、揺り戻し的な何か?

と思いついたら、なんだかめちゃくちゃしっくり来た。
揺り戻し、これか。これだな多分。

思い返せば12月あたりから、私は楽しいことが色々続いていた。
私の事なので、超ハイテンションのノリノリのアゲアゲ!という程の記憶にはなっていないが、思い返しても「何だか色々楽しかったなぁ」という感想が残っているぐらいだ。
水中ドローンあたりに始まり、クリスマスとかカービィカフェとか、楽しいイベントが色々あった。ネガティブな予定だった来客の話も、思ったほどのストレスはかからずにクリアできた。そして最大に心配していた正月の義母宅イベントですら、「楽しく」一日を終えられた。

このしばらく続いた「楽しさ」を、私の無意識は「マズい、フラットかネガティブに戻さなきゃ」と判別したのではないか?
そこで手っ取り早く、私の感情を「悲しい/寂しい/辛い」に動かすために、唐突に妄想を放り込んできたのでは?

なんだ、そうか。それなら納得である。
「思ったより上手く行った、良かった良かった!楽しかった!」的な気分だったはずなのに、何で突然しょーもない妄想で泣く羽目になったのかと思った。「幸せ恐怖症」の変形バージョンなのだろう、たぶん。
幸福を感じにくい上に、幸福を感じたら感じたで即座に釣り合わせようと不幸を捏造するなんて、私の感情はどれだけ厄介なのか……とも思うが、ただこれで一つ、確定したことがある。

世の中の色々を考えると、こう言ってしまうのはちょっと気が引けるものがあるけれど。
私はこの年末年始、間違いなく幸福だったのだ。「息子が死んだという妄想で、悲しみを捏造しなくてはいけない」と私の無意識が感じてしまうほどに。

私はまだきっと「幸福」に慣れていない。
自己受容が出来たと思えたのが秋で、何というか全身が軽くなって、幸福を感じやすくなったように思っているけれど、まだそこから数か月なのだ、ある種の当然でもあるだろう。
今年一年かけて、あるいはもっと長い時間をかけて、少しずつ「幸福」に自分を慣らしていこう。そして、「幸福」だった後に、無闇やたらと悲しみを感じた時は、「悲しくしなきゃいけないと思うほど、私は幸福なんだなぁ」と、「悲しくしなきゃとまだどこかで思い込んでいる自分」をヨシヨシしておこうと思う。

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