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食べ道楽 | 初恋と子ども時代とチョコレート

バレンタインデーって、恋する女の子のための一日らしい。そうやって人ごとみたいに思うくらいにはすっかり俗世と離れてしまった。もはや尼の域である。もしくは修道女である。私は特に“ゴッド"に自分の人生を捧げるつもりもないのに、気づけば修行の道を邁進していた。もしくは悟りを拓かんとしているのか?

しかしながら、こんな恋とはご無沙汰の私にも、甘酸っぱい思い出の一つや二つあるのだよ、ワトソン君。

小学校二年生の時、初めてバレンタインデーにチョコレートをあげた。もちろん本命チョコである。相手は幼稚園からずっと仲の良かった“ひでちゃん"という男の子で、後から聞いた話によると、なんと私と彼は両思いだったらしい! 幼稚園の卒業アルバムにはふたり仲良く手を繋いだ写真が残っている。

と言っても、当時の私はそんなこと知る由もない。せっかくの両思いなのだから教えてくれてもよかったのでは? という気持ちでいっぱいだが、親としては娘の初めての恋に複雑な心境だったのだろうか。

私は幼稚園から小学校二年生まで、実に明るく快活な子供だったらしい。先生からの人望も厚かったそうだ。人見知りで集団行動が苦手な今の私からすると、まったく考えられない逸話である。

しかし人望は厚ければ良いというものではなかったようだ。私の場合、先生からの人望が厚すぎるあまり、当時クラスにいた“いっくん"のお世話係(?)に任命されてしまっていたのだ。いっくんは確かなんらかの知的障がいがあった男の子で、その頃は特別支援学級がなかったため、彼も私たちと同じクラスで学んでいた。

私はいっくんのことは特に好きでも嫌いでもなかったと思う。だが、なんの因果かいっくんは私を好きだったらしく、それを知っていた先生は私といっくんを常に隣の席同士になるように仕向けていた。完全なる出来レースが秘密裏に行われていたのである。今思えば、何してくれとんねん! としか言いようがない。先生のことは好きだったように記憶しているが、大人になって席替えのことを聞いた時はシンプルにムカついた。

小学二年生の時の私は、そんなこと露ほども知らなかったのである。私はひでちゃんの隣に座りたかったのだ。なぜか席替えをするたびに、いっくんの隣になる。ひでちゃんの隣に座りたいのに、いっくんの隣。どんなに願っても、またいっくんの隣。席替えのワクワクドキドキ感はすべていっくんの隣に終わった。完敗である。仕方がない。私は甲斐甲斐しくいっくんの世話を焼いた。こういうところが先生につけ込まれるのだろう。結局二年生が終わるまで、ひでくんの隣の席に座れることはなかったと思う。

二年生のニ月十四日のバレンタイン、私はひでくんの家までチョコレートを渡しに行った。その時の気持ちはあんまり覚えていない。どうも、家にあった戴き物のチョコレートを流用したような気がする。小学二年生だから仕方がないと言えばそれまでだが、贈答用ののし紙とかが付いていたらどうするつもりだったのか。バレンタインにしてはあまりにも想いのラッピングが丁重すぎるではないか。あの頃の私に問うてやりたい。

それからすぐホワイトデーが来て、ひでちゃんからはたぶんお返しをもらったと思う。だけどそんなことよりずっと忘れられないのは、ひでちゃんが急に転校してしまったということだ。ご家庭の事情があったみたいで、詳しいことは何も語らず、三年生になる前に私たちの前からいなくなってしまった。苗字も変わってしまったみたいで、私はあんなに仲が良かったのに、両思いだったはずなのに、住所も何にも聞けないまま、ひでちゃんへの恋心をどうにもできずに進級した。

その後の私の人生は一気に暗礁に乗り上げた。三年生になって学級崩壊が起きたのだ。初恋の思い出に浸る余裕もなく、ひたすらにろくでもない日々を送った。そうして長い長い暗黒期を過ごし、すっかり人間不信の人見知りになってしまったのが今の私である。快活だった頃の私よ、カムバック。悔やんでも悔やみきれない過去である。そういうわけだから三年生の頃、ひでちゃんと仲の良さそうな男子に連絡先などを聞くわけにもいかなかった。

ちなみに三年生から特別支援学級ができて、私はなんとなく「なんで? 大人はつまらんことするなぁ」と思っていたのを覚えている。いっくんのことは好きでも嫌いでもなかったけど、嫌いではなかったなぁ。自分はどうも世話を焼くのが好きらしい。そう気付いたのはすっかり大人になってからだったけど、その素質は子供の頃からすでに十分に発揮されていたようである。

修道女になった今、そんな昔のできごと全てが懐かしく、傷ついたことも嬉しかったことも、割と自分と切り離して考えられるというか、「まあそれはそれ、これはこれ」と思えてしまえるようになった。驚きの修行効果である。

などと俗世を捨てたみたいなことを言っておきながら、今年のバレンタインは持て余した時間を最大限に活用して、伊勢丹・大丸・高島屋のチョコレート商戦パンフレットを汲まなく読み漁った。そして選び抜いた中から一箱だけ、五粒入りの詰め合わせを買ってきてもらった。

自分用にちょっと良いチョコレートを用意するのなんて初めてで、食べるタイミングが掴めなかったが、バレンタインデー当日を迎えるとさすがに食べてみるかという気になった。代表作だというガナッシュチョコを一粒口に運ぶと、ローズとライチの風味が甘酸っぱくて、ふと初恋のことを思い出し、あの頃の私が愛おしくてかわいくて、不思議と笑みが溢れたのだった。

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