山の上のパン屋に人が集まるわけ

初めまして。株式会社わざわざの代表の平田はる香と申します。これからnoteに経営のことを中心に書き綴っていきたいと思います。最近の趣味は、会社の現状分析です。夜に好きなお酒を飲みながらデータを見ながら会社のことを考えるのが大好きです。

このnoteにはパンと日用品の店「わざわざ」の経営から考えたことを書いていきたいと思っています。note一つ目の記事はまずこちら「山の上のパン屋に人が集まるわけ」

現時点までどうやってわざわざが成長してきたのかを、自分なりにまとめましたので、読んでいただければ幸いです。尚、ここに書いていることは2018年4月現在の考え方で、これからまた考え方は変化していくかもしれません。発展途上ではありますが、お読みいただけると幸いです。

1.わざわざってどんな店?

2009年2月、長野県東御市御牧原。周りには人家がポツリポツリあるだけの山の上の長閑な環境の場所に、パンと日用品の店「わざわざ」を1人で開業しました。

現在、パンは食事パンのみの2種類を焼いて販売しています。カンパーニュは自家製酵母で薪窯で焼き、食パンは微量イーストで長時間発酵させ、ガスオーブンで焼いています。

取り扱いの日用品は、食品・日用雑貨・衣服・靴など2000種類を超え、店内には所狭しと衣食住に関わる品が展示販売されています。

また、オリジナル商品の開発もしており、現在20種類ほどのわざわざオリジナル商品を販売しています。販売は実店舗、自社オンラインストアキナリノモールへの出店と、3つの店で商品を小売しているというのが、主な収入源です。

2017年に株式会社わざわざを設立し、2018年4月現在スタッフの人数は13名に増え、2017年にわざわざを法人化しました。2009年に1人で始めた時の年商は200万円。法人化初年度の2017年の年商は1億7千万円を超えたというのが現状の大まかなストーリーです。

2.山の上のパン屋に人が集まるわけ

みなさんが口を揃えて同じ質問を投げかけます。「どうしてこの場所でこんな成長ができるんですか?」この疑問にできるだけ簡単に答えることができたのならば、離島・辺境地・過疎化の進む土地で事業を成立することが可能になって行くのではないか?と思い始めています。場所の不利をむしろ有利に変えて、事業を魅力的に伸ばすにはどうすればよいか?それが解けたら最高です。思考を紡いだ結果、現在はこの3つが主な要因だったと考えています。

2-1. 時代に合わせてプラットフォームを変更してきた

2-2. コンテンツの品質向上を常に目指してきた

2-3. 1.2と同時に新しい会社組織を作っていった

自分でこの3つだと答えを出した時に、今後もこれをやり続けないければ失速するということも感じてしまい、それについては少し目眩がしています。笑。それほど、変化に飛んだ9年間だったと言えます。

2-1. 時代に合わせてプラットフォームを変更してきた

プラットフォームとは、コンピューターのオペレーティングシステムなど主に「基盤」を指す言葉ですが、わざわざではその基盤ごと乗り換えてしまうということを、何度も行ってきました。通常、多くの店や企業では基盤の入れ替えは、かなりのリスクを追うためそうそう行いません。それをいとも簡単に乗り換えを行うことで、基盤入れ替え後に大きくバウンドするように成長を重ねてきました。

例えば店です。

2009年2月に移動販売でスタートしたパン屋わざわざ。開始から半年で資金が溜まると同時に、現在の店と同じ場所の「自宅店舗」へとプラットフォーム変更を行いました。当時、駅や交通手段のない辺境地に人を集めることは困難と判断した結果、最初に移動販売で集客してから店舗へ呼び寄せるという戦略を立てていました。また、移動販売前に開業ブログを始めており、移動販売場所へ集客を得る努力を行いました。

そして、自宅店舗をスタートさせるとほぼ同時に、東京都のファーマーズマーケットに出店を重ね、2ヶ月間で撤退。遠方のファンに通販を推し進めていきます。その後はイベント出店を不定期で続けていきましたが、2013年以降は「わざわざ」のアイデンティディ=わざわざ来てくださってありがとうございます!を守るために、ほぼ一切のイベント出店を取りやめました。

その後、2011年に東日本大震災を契機に、ロケットストーブ式薪窯と店舗を建築するために一時的に店をクローズし、2012年3月に店舗をリニューアルオープンさせました。この時点での貯金600万円を全額使ってできる範囲の工事をと業者にお願いし、足りない工事を自分たちで行ったため(ハーフビルド)、予想以上に工事に時間がかかり、9ヶ月間もの間、店をクローズすることになってしまいました。

その後も店舗の内装工事を繰り返し、成長に合わせて変化を続けています。現在の店舗の様子はこんな感じ。9年間で大分様子が変わったことが見て取れます。

このように店というプラットフォームを、移動販売→自宅店舗→イベント出店→実店舗建設と3年足らずで形態を意図的に変えていったことが一つの成長要因であったと考えています。

わざわざは2018年4月現在まで無借金経営をしており、自己資金が少なくできる範囲でやるために、プラットフォームを変えざるを得なかったという側面もあります。ですが、短期で形態を変化させること自体がニュースとなり、お客様に楽しんでいただけ、相乗効果で成長を促したことも事実でしょう。

例えば、情報発信。

開業前からブログをスタートし、一介の主婦がパン作りに夢中になった末にパン屋を開業するというストーリーを作るのが一つの目標でした。毎日ブログを更新し、開業に向けて準備をしながら生活をしていました。順調にアクセスは増え、お店への来店するお客様も増えていったことを覚えています。

開業後しばらくしてから、Facebookの評判が高まっているのを感じ、東京の友人にFacebookはどうなのか?と問いかけると、かなりの人がやっている、みんなFacebookに夢中だという話を聞いたため、早速取り入れることにしました。

この後、世の中はブログの時代からSNSの時代へと突入していきました。スマートフォンの台頭もあり、段々とPCで文章を書いたり更新することに手間がかかることも面倒だと感じていきました。そして、遂に月に何万アクセスもあったブログからFacebook中心のSNSに情報発信を切り替える時がやってきました。

Facebookへのアクセスがブログを超え、反応がよくなりお客様とのコミュニケーションも取りやすいFacebookへの比重が高くなり始めた頃、ブログへの更新を思い切って完全に辞めました。更新の手間がかかる割に、反応も鈍くなり未来が見えなくなったのが理由です。

その後、画像でコミュニケーションを取るツールInstagramの台頭があり、元々、写真へのクオリティ追求を心がけていたこともあったため、すぐにInstagramも始めることにしました。そして、段々とFacebookよりInstagramへの比重が高まっていったのが2015年以降です。

Instagramでは写真がメインとなりますが、ブログ時代から長文を持ち味としていたので、Instagramでも長文を書きまくり、さらに更新の操作性の良さも気に入り、外部のエンジニアに依頼してInstagramからわざわざのWEBを全て同時更新するシステムを作り、Instagram起点のSNS更新のしくみに作り替えました。2015年8月からこのスタイルで全てのわざわざSNSを更新しています。

情報発信のやり方を一つの方法に固執することなく、時代の流れに合わせて柔軟に変化させてきたのも、業績を伸ばす一因となったと確信しています。

去年からLINEをスタートさせ、今年からこのnoteも取り入れていくことにしました。Facebookには翳りを感じていますが、まだ多くのユーザーが使用しており、一定の効果を感じています。Instagramは一時期の加速度的な勢いは消えたものの、コンテンツのクオリティの高さにはやはり一目置いています。

noteを始めたのは、FacebookやInstagramのフォロワーのいまいち反応が悪いマネジメントのコンテンツを充実させるためです。書きたいのにフォロワーの反応が悪いと自分のモチベーションが下がるので、プラットフォームを適正なものへ振ることで、モチベーション低下を解消したいと思ったからです。これは自分のためかもしれません。

インターネットの中のプラットフォームは、移り変わりが早いのですが、昔よりも随分簡単に作られており、気軽に始められるようになったので、これからもどんどん色々なものに挑戦していきたいと考えています。

2-1. 時代に合わせてプラットフォームを変更してきたまとめ

さて、店と情報発信の2つを例にして説明してきましたが、ピンときましたでしょうか?今現在もわざわざでは、意識的に新しいプラットフォーム変更を次々に行っています。

例えば、わざわざのオリジナル商品は「私たちが必要で世の中にないものは作ります」というコンセプトで企画していますが、この指針とは真逆の「無駄以外に何ものでもないもの」というコンセプトで、店舗でしか買えない月刊わざわざという500円で買えるどデカイ写真集をこの3月から販売開始しています。これはこれからのわざわざがどのようにあるべきかを改めて考え直すための、わざわざへのアンチテーゼです。必要から無駄に思い切って舵取りしました。

それから、日常の店「ふつうがとくべつ」を掲げるわざわざですが、この度、おまつり部というイベントを行う部を創設しました。これもふつうから祭りに舵取りしており、挑戦し続けています。だけど、芯の部分は一つも揺らいでいないことが重要です。核にある基本理念「全ては誰かの幸せのために」は、きっちり守り続けています。

プラットフォームを変えるのは勇気がいる行動ですが、芯はブレない。時代背景を読みながら次々と手を打てるスピード感がわざわざの強みであると思います。

2-2. コンテンツの品質向上を常に目指してきた

山の上のパン屋に人が集まるわけ。2番目の理由はこちらだと考えています。これについてはそのまんま、とてもわかりやすい理由です。わざわざは、様々なコンテンツの品質向上を常に目指してきました。

例えば、パン

自分で作ったパンを体に悪いと言って売らないパン屋

開業当初、パンは20種類以上の様々なパンを焼いていました。1人でスケジュール管理しながら、沢山の種類のパンを焼き、ご好評いただいていましたが、段々と自分の労働時間が増え、仕事で疲弊する日が続いていきました。1人で自由に始めた仕事に拘束され続け、家族との時間も少なくなる日々に、これは間違っていると思った時がありました。

一番大きな転機となったのは、常連のお客様でチョコレートパンを沢山買う方が、徐々に太っていったことに気がついた時です。気になって気になって、いつそのパンを食べているのですか?と聞くと、お弁当を食べた後にデザートに食べるとおっしゃったのです。私は思わず購入を阻止しました。体に悪いので買わないでください。自分で作ったパンを体に悪いと言って売らないパン屋。もうめちゃくちゃです。

ですがその時に、パンはデザートではない、食事であるということをはっきりと認識しました。自家製酵母や国産小麦粉などヘルシーで健康志向のパンを焼いていたはずなのに、お客様の体つきが変化していったことに衝撃を受け、自分はそういったパンを一切食べないのにも関わらず、お客様に販売している不誠実に嫌になりました。

過剰な労働で自分の体も悪くなって、人様の体も悪くする。なんの幸せもそこにないことがわかった時に、食事パン2種類に変更し、生産スケジュールを自分の生活に合わせ、人間らしい生活を送ることをパン屋のミッションにしようと誓いました。そこで食事パンしか焼かないと宣言し、段々とパンの種類を減らしていったのです。

お客様は1人2人と減り続け、開業当初から通ってくださった方はみるみるうちにいなくなっていきました。ですが、自分のような「パン=食事」だと認識している人はどこかにきっといるはずと信じ、2種類のパンのクオリティを上げ、SNSでその工夫を訴えることに注力をしました。

食パンは近所の牧場から絞りたての牛乳を毎週取りに行って、微量イーストで24時間発酵でガスオーブンで焼いています。カンパーニュは自家製の小麦酵母で24時間発酵させ、薪窯で焼き上げます。

二つの対照的なこのパンを作り続けることで、製造工程を効率化し、より沢山、そしてよりおいしいパンを焼けるようになったのです。生産効率と品質を同時に上げることに成功しました。現在は全国からお客様が訪れこの2種類しかないパンを大事そうに購入して行ってくださいます。ありがたい気持ちでいっぱいです。

例えば、写真

開業した当初、お店という性質上、美しい写真でPRせねば誰も振り返ってはくれないということはわかっていました。なので、とりあえずNIKONの一眼レフを購入し、見よう見まねでパンや店の写真を撮り始めました。最初は一眼レフにしただけで、写真が一段階クリアになったような気がして満足を覚えましたが、料理系の人気ブロガーのサイトなどを徘徊していると、自分より腕のいい人が五万といることがわかりました。そこで海外の料理ブログなどを見回り、いいと思った構図は真似て、兎に角1日に最低10枚はシャッターを切ろうと決めて、ブログを更新していました。多い日は1日に100枚ほど撮っていた時期もあります。

最初はカメラに慣れることが一番重要だと思っていたので、最初の4年間はレンズやカメラに投資はせず、カメラの機能を完全に理解するというスタンスで徹底的に撮りました。マニュアルでカメラを操作し、撮りたい絵に自分がF値や露出、ISOなどの数値を調節できるように訓練を積みました。その後、ズームレンズでは撮りたい絵は撮れないということがわかり、調べに調べてcarl zeissの50mmのレンズを思い切って買うことに決めました。ここから、carl zeissの虜になりました。

さらに契機が訪れました。海外インスタグラマーの衝撃です。

Instagramを初めて一番驚いたのは海外インスタグラマーのクオリティの半端なさです。自分はやれることを全くやっていなかったと反省しました。ここからは「わざわざの世界観」を作るということを念頭に写真を撮り始めました。しかし、これはかなり悩みました。というのも、あくまでもわざわざは店という業態なため、売上を念頭において活動しなければなりません。アートに寄るとわかりにくくなって売上が下がります。わかりやすく商品やライフスタイルや店舗を紹介しながら、且つ、世界観のある写真というのを模索することになったのです。

さらにカメラに投資します。sony α7IIを購入し、さらにcarl zeissの25mmレンズを買い足しました。これで狭い店内でも広角で撮影することができるようになりました。

友人のアドバイスを受け、さらに現像にも着手しました。これまでもphotoshopで写真の調整はしていましたが、さらに撮った写真をより美しく現像するため、Macbookproを購入し、Lightroomで全ての写真をわざわざらしく現像してから表に出すことにしました。2015年のことです。

世界観を作るための2本柱「日常の切り取り」と「作り込んだ日常」

カメラとレンズと現像の武器を手に入れた後に、写真を貪欲に撮り更新を続けた結果、Instagramのフォロワーが着実に増えていきました。更にその様子をWEBで見たというプロのカメラマンが、入社したいと訪れるという嬉しい出来事があり、めでたく採用に至り、今は社内で2人で写真を撮影しています。

現在、わざわざの世界観を作るために意識しているのは、二つです。一つ目は何気ない「日常の切り取り」で、これは薪窯でパンを焼き山の上で店を営む私たちには日常でありますが、お客様にとっては非日常でしかありません。そのギャップが面白いと思います。

そして、もう一つは「作り込んだ日常」私たちが日々使っているものを、集結させ、日常の様子でありつつも、しっかりと細部まで作り込むというスタイリングを行い、写真で切りとります。日曜日の自宅の食事風景など、写真で撮ることを意識しつつも、ありのままであることを心がけています。

写真のクオリティがあがったことは、疑うこともない事実です。常にコンテンツの品質向上を心がけた結果、現在Instagramのフォロワーは25000人を超えて成長を続けています。

2-2. コンテンツの品質向上を常に目指してきたまとめ

パンと写真を例にとって説明してきましたが、これ以外のコンテンツも意識的に品質向上をさせています。2016年にはお客様が増えたことでウエイティングが続出してしまった喫茶営業を思い切ってやめ、パンの生産量を増やしていきました。結果パンが売り切れることがなくなり、顧客満足度は上がったと認識しています。

また2012年よりオリジナル製品として作り続けている「湯たんぽみたいに暖かい靴下=ウールの靴下」はお客様のクレームを反映し、糸の配合を調整したり、編み方を変更したり、サイズを変更したり、同じ商品でありながら、年々製品をブラッシュアップさせています。

私たちはこの品質向上に対する取り組みを当たり前にやってしまっているので、特に公に謳ってはいません。わざわざ内での仕事は、常にこのように全て改善につぐ改善でブラッシュアップされていっています。それが再訪する楽しみを作っていると確信しています。今後もこの作業を怠らないように、品質向上に努めていきたいと思います!

2-3. 新しい会社組織を作っていった

時代に合わせてプラットフォームを変更してきたということ、そして、コンテンツの品質向上を常に意識し続けてきたこと、と同時に行っていったことがあります。それが新しい会社組織づくりでした。

2017年に法人化するまでは個人事業主として人を雇っている状況でしたが、2014年あたりから組織作りを意識して経営するようになっていきました。社会保険労務士や税理士に業務委託して、雇用や経理のアドバイスを求めていったり、社会的にもよい組織であることと同時に、今までにない会社を作りたいと思うようになりました。

過去を振り返ってみると、私が会社勤めをしたのはたったの3年間だけです。会社のやり方に目を瞑ることができないタイプで、おかしいものはおかしいと言いたくなります。ヒエラルキーのある会社の構造にどうしても馴染むことができませんでした。

社会人になってからの殆どが個人事業主でしたが、個人で仕事をすると小さな仕事しか受けることのできないもどかしさも感じていました。なので、自分が人を雇い始めた時に、できることが広がる楽しさを感じるようになりました。

しかし、雇った人をうまく雇用できない

会社組織の中で、人を雇う経験も、人と一緒に働く経験も殆ど人生の中でしてこなかった私がまず最初につまずいたのがこれでした。雇った人をうまく雇用できない。2011年から雇った人材のうち、およそ2/3の人が辞めるということが続きました。

理由は簡単です。どうしてもうまく仕事を教えることができないのです。自分は要領がよく、勘である程度までできてしまうタイプです。こうやってやりますとやって見せても、なかなかできる人ばかりではありません。1/3の残った人は自分と同じ要領のいいタイプ=器用なタイプの人でした。性格に問題がなくても、技術を習得できないため、どうしても仕事上でうまくやることができずお互いストレスになり、辞めてしまうということが続いたのでした。

その間、悩みに悩み、優しくしてみたり怒ってみたり、丁寧に指導してみたり、様々な教育方法を試していきましたが、どれもうまくいくことはありませんでいた。

自分が作った職場で雇用状態も悪くなく、人気店にもなり始めているにも関わらず人が定着しないことに、ずっと考えを巡らせ、あぁでもない、こうでもないと様々な手を打って右往左往したのが2012年から2016年でした。

2015年、私に妊娠という転機が訪れました。次女を妊娠することをスタッフに告げると、スタッフ(ゴトウさん)も妊娠していることがわかりました。ゴトウさんは2012年に入社して、唯一継続して働いてくれているスタッフでした。その2人が同時に妊娠するということに、激震が走りました。産休までに何とかスタッフを募集して社内を整えなければなりません。

軌道に乗っている事業を捨てるのかどうかという帰路に、夫が会社を辞めてわざわざをやると言ってくれました。よし!よく言った!それならいけると、スタッフを急募し、手っ取り早くパン屋のキャリアがある人と、小売の経験のある即戦力の2人を雇うことになりました。これで安心と思い、2人は産休に入るのですが、、その後、社内はボロボロになっていきます。

この時に、気がついたことがあります。自分のやらせたい仕事は、人のやりたい仕事とは違うということです。自分が忙しい時にやれない仕事があって、それを頼んだとしても、その人はそれをやりたくてわざわざに入ったわけではないのかもしれません。

人には得意不得意があって、やりたいこととやらせたいことは殆ど一致していない。このことに気がついた時に、今までうまく行かなかった理由がわかりました。適材適所ができていなかった。一律にやらせたい仕事をやらせようとした自分が悪かった。

結局、ボロボロになった社内を見るに見かねて、私とゴトウさんは産後まもなく職場に復帰しました。結局、即戦力で雇った2人は1年も経たないうちに辞めてしまいましたが、私と夫とゴトウさんの3人でやり直す新しい門出でもありました。2016年3月の話です。

しごと体験プログラムの構築

産後まもない2人+夫で何とか切り盛りできるしくみはないか?と考え抜きました。やりたいこととやらせたい仕事が違うならば、やりたいことを主にやってもらうしくみを作っていこう。「しごと体験プログラム」のスタートです。

しごと体験プログラムはわざわざに働きに来たいという方を全て、ボランティアで受け入れるというシステムです。いつ来ていつ帰ってもいい、就職希望でもそうでなくともいい。とりあえず1日わざわざで働いてみませんか?と公募したのです。すると、たくさんのメールがきました。わざわざで一度働いてみたい。人手が足りない時に、ボランティアの方々のお陰で業務を行うことができました。本当にありがたかったです。

半年間の運用で、のべ50人ほどが体験してくれました。人間とはこれほど多様性があるのかという実感で埋め尽くされた日々でした。業務はボランティアのみなさんのお陰でなんとかつつがなくまわり、しごと体験で来てくださった方の中で、この人はという方はスカウトして社員登用していきました。

この流れで学んだことがいくつかあります。人間はそう変われない。まずは自分たちにフィットする人材を採用することが重要だ。いい歳の大人に新しい教育を施すことなど殆ど無理。スキル採用をせず、とにかく毎日楽しく働ける気の合う仲間を探すのが採用だと。ここに気がついた時に本を書いて人材募集を行うことを思いつきました。

わざわざの働きかたを自費出版

本にわざわざらしい働きかたを書こう。そしてこの働きかたに共感する人の中から採用をするのだと。年末に一気に書きあげて、1ヶ月半で自費出版したこの本は、1週間で2000冊が完売。その後、増刷した2000冊も完売し、4000冊が世の中に旅立ちました。この本を読んで感想文を送ってもらうことが採用の条件でした。

その後、半年に一度の採用活動を行い、順調にスタッフが増えています。そして、2017年3月に法人化。株式会社わざわざを設立しました。2018年4月現在13人がわざわざで働いています。現在は、新しい社内制度を作り始めています。もっと楽しく働ける職場に。出社が楽しくなるような会社になるのが目標です。

現在わざわざで行なっている様々な制度

自由出勤制度

これは従業員の中のアルバイトさんに与えられた特権です。自由出勤制、それはいつ仕事に来てもいい、いつ休んでもいい制度です。

わざわざのアルバイトには、シフトが一切ありません。アルバイトは出勤したい日数と曜日を勝手に決めることができます。また、明日休みたいという連絡も本日休みますという連絡もLINEに一言流すだけで、勝手に休むことができます。来月から海外旅行に行きたいので1ヶ月 休みますというのも全く問題ありません。

つまりは来ても来なくてもどっちでもいいよと言われています。入社したらこっちのもんです。自分で全部決めてくださいということになっています。アルバイトさんは時給で働いています。そうなれば当然お給料は社員よりも安いことになります。アルバイトの特権とはなんだろうか?と考えた時に「自由」だと考えました。

自分がアルバイトをしていた時に感じていた窮屈は、シフトによって決められてしまう出勤日数でした。出たくても出られなかったり、出たくなくても行かなければならなかったり。風邪をひいても休めない。困ります。

2018年4月現在、わざわざでは5名のアルバイトさんが働いています。週2日来る人、週5日来る人、各自が適宜決めて働いています。扶養に入りたいのでこのくらいまで働きたいと言う方は、ご自分で出勤をコントロールしています。社員はシフト調整という仕事がなくなり、アルバイトさんは自由を手に入れました。最高のシステムだと考えています。

評価しない人事制度

従来の組織では人事部があり、人を査定し評価して、給料やボーナス、昇進を決定しています。わざわざでは「人間が人間を正当に評価などできるわけがない」をモットーに、人事評価を廃止することにしました。

人事評価基準をいくらしっかりと設定しても、どうしても人間の相性や好き嫌いに依存してしまいます。また、人の評価に時間やコストをかけてもそこに明確な正当性はなく、不満も生む場合がでてきます。会社として非生産的な仕事に工数をかけるべきではないと判断しました。人の評価なんて仕事よりも、もっと面白い仕事しよーぜってことです。

では、評価しないでどうやって昇給させるのか?

結論が出なかったので、昇給自体の概念をやめることにしました。全員一律でいいんじゃね?です。元来、わざわざでは「仕事に優劣はなし」と謳っています。(詳細はわざわざの働きかたをご覧ください)社内ベーシックインカムです。売上をあげたものも、裏方として整理整頓を行なったものも、全て仕事としては同等である。という理念の元に、利益をボーナスで分配していく方式を考えています。

2019年3月からこのシステムを開始しますが、新卒で入社しても試用期間を経て2年経過すると、勤続年数が長いものと同等の給料になります。現在、働いているスタッフはこの条件を理解してくれています。これから働く人も入社前にこのシステムを理解することが採用条件の一つになってきます。

長屋式組織図

従来の組織図はトップダウン型のぶら下がり方式です。会社には上下関係が必ずあり、トップが考えたことが下へ下へと伝わるしくみになっています。

わざわざがヒエラルキーのないフラットな組織を作るために、考えに考え抜いた結論が、長屋型組織です。日本家屋の風通しの良さや襖で繋がる部屋と部屋をイメージし、誰もが並列関係で仕事をできる形を模索し続けています。

長屋型組織は部署間の連携がキーとなっています。「全ては誰かの幸せのために」の理念を合言葉に、自分のやった仕事は必ず横にもつながっていることをイメージするようにしています。例えば、パンを焼いた人が売り手やお客様のことまでフラットに考えられるように心がけることが必要です。

また、決定権も部署内で与えることに取り組んでいます。企画提案から実行、失敗、リカバリー、成功の流れも、部署が「勝手」に動き会社にとって有益な仕事をしていく、能動的な仕組みづくりを模索しています。

自分のやった仕事をスムーズに部署を超えて連携していく。自分で考えたことを自分で実行し時には失敗し、失敗した後には共にリカバリーし合いながら、進んでいく。そういうイメージを共に共有するために作ったのが長屋型組織図です。

仕事は与えられてやるものではない。自己で創出するものだ。 平田
名言ぽく書いておきます。笑

2-3. 新しい会社組織を作っていったまとめ

プラットフォームの変更とコンテンツの品質向上は、どちらかというと、お客様の目からも見える変化だったと思います。しかし、会社の内部のことはなかなか見えにくいものがあります。内部がよい状態で仕事ができていなければ、どんなによいサービスでも短期間で破綻してしまうことがあります。わざわざも途中なんども内部崩壊しそうになりながら、今の状態まで進んできました。

結局、当たり前のことになりますが、表側裏側が表裏一体になって、理念に向かって進むことが成長に繋がるのだと感じています。わざわざの今までを振り返ってみると表と裏がバランスよく、コツコツと成長してきたことがわかります。

人材マネジメントは非常に難しく、問題が尽きることはありません。ですが、人間だからこそ面白い事業を作れる気もしています。これからもマネジメントに工夫を重ねながら進んでいきたいと思います。

最後に。

というわけで、山の上のパン屋に人が集まるわけ。

2-1. 時代に合わせてプラットフォームを変更してきた

2-2. コンテンツの品質向上を常に目指してきた

2-3. 1.2と同時に新しい会社組織を作っていっ

以上の三つの視点からお話してきました。ここまで書いておいてなんですが、自分でも完璧だとは全く思えないです。現時点での解釈です。なので、多分書き直すこともあるかもしれません。

長くなりましたが、本当に長くなりました。ここまでで文字カウントしたら11000字を超えています。お付き合いいただいたみなさん、ありがとうございます!今回のこのnote「山の上のパン屋に人が集まるわけ」は名刺代りのご挨拶です。これでわざわざの9年間をみなさんに知っていただけたかもしれません。これからのわざわざがどうなっていくか、どうぞお楽しみに!

あ、オンラインストアはこちらから。よかったらご利用くださいませ。笑。


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コメント38件

勇気をいただけました。
ありがとうございます😊
とても参考になりました。ご主人が会社を辞めて一緒にお仕事をする際の「よし!よく言った!」で吹き出しました。(笑)
天晴れです!
僕の壁、問題、全て、考動力で破壊!爪の垢を煎じて飲みたいほどです!
本気でなかった僕を反省する次第です。
「本気でやらないと!」ダメやないかと・・・天の声が聞こえてきます。
特に人の雇い方が目からウロコだったです!
あっ!それから、写真への情熱と修得力、見上げたものです!
今後の繁栄、お祈り申し上げます。
読ませていただきました。

人事部を作らないという類を見ない発想に深く共感しました。『人が人を評価する』この当たり前である慣習には以前から問題点が複数あると僕の心の奥底で抱いていました。
その中の代表例が「好き嫌い」での判断に委ねられることですね。どうしてもこの私的感情が裏で動くと思うんですよ。もちろん表では正当な評価を下していることを装うのですが、人間ですから。私情を挟んでしまうんですよね。

だからぼくは人事部のあり方が変わらない限り、人事部の存在を否定するつもりです。

そして最後に、人事部の存在に異議を唱えた第一人者であろうあなたの存在を知れたことに嬉しく思います。

長文失礼しました。
これからも頑張ってください。
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