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シンガポール華人のアイデンティティ

シンガポール華人は中国人ではない

シンガポールに住む華人は、当たり前ながら自らを中国人とは認識していない。よく日本人駐在員は、彼らを「中国系」と称するが、中華人民共和国とは関係のない人達であり、その表現は正確でない。
彼らのアイデンティティはあくまでシンガポール人である。

自分が中華圏の一員という帰属感は少なからずあるのかもしれないが、その認識は「中国を核」とした中華世界の一員というよりはむしろ、中国とは別の「華人世界」を構築しているといった様子である。
教科書的にいえば、中華思想という中国を中心とした秩序構造があるはずなのだが、シンガポールにおいてはSingaporeanという独自のアイデンティティが育っており、もはや中国本土の影響力は感じられない。
現に彼らからの発言には、中国人に対するネガティブなコメントが多く、中国人は「あちら側の人間」という感を強く出している。
例えば、「中国人は家の使い方が汚いから、次の入居者には絶対なりたくない」や、「シンガポールには中国からの移民がいるが、彼らは全く英語が話せない」等のコメントを聞いた。

彼らの祖先は19世紀ごろに潮州や海南などの中国南方から、出稼ぎにシンガポールへやってきた苦力(クーリー)と呼ばれる人たちである。よって、彼らの多くは「漢民族」ではある。
シンガポールの華人家庭においては、20世紀後半までは基本的には、各出身の方言が話されていたのだが、シンガポール政府主導の「Speak Mandarin」運動も起因し、今では概ね普通話(北京語)が話されている。バラバラに中国の方言が話されていた状況を問題視した政府が、国民の結束力や統一を図ったものとされている。
また、シンガポールの義務教育は英語で実施されており、高等教育や職場でのコミュニケーションは英語が使用される。また、華人家庭でも英語しか使わない家庭もあるという。

こういった背景もあり、シンガポール華人の中国語能力は中国人のそれと比較して、如実に劣るようである。インターネットでもそのような記事が複数見つかるし、現地の華人と話していても実感する。
彼らの話す中国語は声調(中国語は四声と呼ばれる、4種類の音の高低によって漢字を区別する。)ははっきりしていないし、私のような中国語学習者でもわかる単語が出てこなかったりする。また、中国語を話していても、抽象度の高い話であると、英語と混ぜて話すことがある(これはSindarinとよばれるようである。)。
中国語は日常会話など仲の良い人と話すためだけのツールであり、高度なコミュニケーションにおいては、英語を使えばよいという考えなのだと思う。

以上のように、中華人民共和国の中国人と、シンガポールの華人は外から見れば似ているのかもしれないが、実態として多くの性質が異なっているのである。
次回以降は、アイデンティティに深く踏み込んで、Singaporeanというアイデンティティはどのように生み出され、現代に受け継がれているか書いていきたい。



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