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【夏の風物詩】



重苦しい梅雨空を一掃して、夏がいよいよ猛威を振るう
出番となりました。 海が、山が、空が、燃えさかる太陽が
夏の到来を待ちわびていたかのように…。
遠日点、又はその近傍にある頃の地球の北半球は
対公転面66.54度の地軸傾斜のゆえ、昼長夜短の一年で最も暑い時期へ。
ひまわり畑、入道雲、風の音、海のにぎわい
そして蝉の大合唱からも、夏らしさを実感します。
サマーソングを聴きながら、なおさら思い浮かべるものは
ほとばしるばかりの真夏の笑顔…。



夏休みの序盤、僕は人から頂いた無料招待券で
フェリーに乗って、相生湾から小豆島周辺に至る播磨灘
もしくは瀬戸内海の一部を散策してきました。
海鳥たちと語らいながらの、それはまるで夢のようなひととき。
夏のたそがれ時の、どこまでも追いかけてくる夕陽と
海面に映る、あかね色のおびただしい光の帯…。
この世のものとは思えないほどの美しさでした。
この巨大な景観さえも、地図の上では ほんの一点にすぎないなんて
ふるさと日本が、とてつもなく雄大な存在に感じられた次第。



夏と言えば、ふれあいの季節。 夏祭りとお盆と、暑さ満喫の季節ですね。
僕は小さい頃から、七夕や盆踊り等が大好きでした。
ドンドンドン!と、大太鼓の音が響けば、それだけで子供心にそわそわと
友達と競って近くの境内や広場に駆けつけたものです。
今でこそ気恥ずかしくて、踊りの輪の中に飛び込む勇気は到底ないけれど
老いも若きも、地域の人々が総出で、踊っていた頃の昔が
大変なつかしく思えてなりません。



八月の上旬に、東北各県で行われる “夏祭り” にも随分と憧れを抱きました。
『七夕の飾りは揺れて思い出はかえらず 夜空かがやく星に…』とくれば
そう、青葉城恋唄の一節。 およそ四百年の伝統と、全国一の規模を誇る
仙台七夕の美しい描写は、感激ものですね。  様々な願いを込めて
七種の飾り(吹き流し・紙衣・短冊・投網・巾着・折鶴・屑籠)をちりばめた
商店街を埋め尽くすほどの、大小三千もの七夕飾り。 西公園一帯では
一万発以上の花火大会。  定禅寺通りでは『星の宵まつり』として
盛大なパレードや、コンサート等が催されるのです。



青森市の有名な『ねぶた祭り』も、元来は七夕の行事。 発光する歌舞伎絵の巨大ねぶたと『らっせらー』の掛け声で踊って跳ねて、屋台ごとに
幾重にも取り囲む”ハネト” の大集団。『ねぶた』とは『眠たい』の変化で
収穫期を前に暑さからくる睡魔に、勇壮な飾り物を引き回す興奮の中で
海や川に流して追放するという考えから、興ったとされる。
“扇形”の陰韻律で華麗な弘前ねぷたは『出陣』をさし
“人形”の陽韻律で勇壮な青森ねぶたは『凱旋』を意味します。



宝暦年間(1751~64)の『ねぶし流し』が起源といわれ、稲穂を見立てた
秋田市の『竿灯』。竿灯大通りの大若、中若、小若、幼若の合計250本の
竹竿は、まさに五穀豊穣を祈願するもの。長さ12mの『大若』ともなると
46個の提灯の重みで、一本の重量が50~60㎏にも達するとか。
掌や額や肩や腰に回し乗せて、太鼓にあわせ練り歩く『差し手』の姿は
鍛え抜かれた圧巻の妙技。 演技後のふれあいタイムで、記念撮影や
竿灯の差し上げ等の、貴重な体験が味わえるそうです。



山形市の『花笠祭り』は、『やっしょ、まかしょ』のお囃子が、なんとも
家族的で胸を打つ。蔵王夏祭りでのミニイベントとして始まったパレードがその後、単独で大規模に発展したのが花笠祭りの歴史。 踊りは数種あった
『田植え踊り』が原型で、現在では誰もが気軽に踊れる振付けに。1万人の踊り手の団体ごとに異なる華やかな衣装も花笠も、郷土色の豊かさ抜群。
最上川沿いの各地を歌詞に盛り込んだ、尾花沢発祥の『花笠音頭』は
今や日本を代表する民謡ともなっています。



みちのくの、これらのお祭りはいずれも一日限りではなく、数日間は
満喫させていただけるので、愛すべき東北人の驚異的な底力と郷土愛を
どうして絶賛せずにはおれないでしょうか。



京都では、大文字・妙法・船形・鳥居形・左大文字で知られる幻想的な
『五山の送り火』。他にも、函館港祭り、盛岡さんさ踊り、塩釜みなと祭
横芝光町の鬼来迎、富士吉田の火祭り、大海の放下踊り、郡上踊り
篠山デカンショ祭り、鳥取しゃんしゃん祭り、阿波踊り、よさこい
平戸ジャンガラ、長崎の精霊流し、山鹿灯篭祭、沖縄のエイサー等が
やはりこの八月に。



振り返れば七月にも、伝統ある数々の行事が催されたばかり。
オロチョンの火祭り、北海ソーラン祭り、恐山大祭、羽黒山花祭り
相馬野馬追い、村上大祭、能都町のあばれ祭り、墨田川花火大会
平塚七夕祭り、富士山の山開き、熊野那智大社の火祭り
京都の祇園祭に御手洗祭り、大阪の天神祭りに住吉祭り
金峯山寺の蛙とび、厳島神社の管弦祭、津和野の鷺舞い
宇和島の和霊大祭、博多祇園山笠、小倉祇園太鼓、名護夏まつり等々…。
夏は一年中で最もにぎやかな、そして
一年中で最も人間味のある季節なのかも知れない。



朝にはラジオ体操に出かける子供達の元気な声。 海の家や林間学校も
さぞや楽しかろうに。 昼間のうだるような暑さのなかで、家々から
かき氷を砕く音や、高校野球の熱戦模様が聞こえてきます。
夜は夜で、どこからともなく花火やバイクの騒がしい音。
いっそ夜の路上ライブなんてどうだ! 昼夜を問わず我が町にも
夏を生きる人々の生活の音が、ドラマチックに溢れ返っている。



さらに忘れてならないのは『終戦の日』と、広島・長崎の『原爆投下の日』
先の大戦では全世界で五千万人もの尊い命が犠牲となった。御霊のご冥福を心よりお祈りするのは勿論、不戦の誓いと、『平和』の尊さについて
いっそう深く考えさせられるのが、この『夏』という季節。



この国が平和でこそ、夏ともなれば郷土の夏の花々が
惜しみなく美しい姿を見せてくれる。
北海道小清水の蝦夷透百合、厚岸町の緋扇アヤメ、北竜町のひまわり
サロベツ原野の蝦夷黄菅、富良野のラベンダー、石狩浜のはまなす
安比高原のダリア、早池峰山の薄雪草、山形高瀬の紅花、尾瀬の水芭蕉
都賀の禊萩、上越の蓮、高峰高原の柳蘭、霧ヶ峰高原の日光黄菅
潮来の花菖蒲、麻綿原高原の紫陽花、皆野町の槿、渥美町のペチュニア
東林院の夏椿、夏井ヶ浜の浜木綿…。



スイカや、かき氷の、とびきり美味しいのが夏ならば
キャンプファイヤーや、海水浴もまた夏をおいて他にはありえない。
海も空も野山の緑も、真夏の太陽の下で、なんと感動的で眩しい。
夜空を見上げれば、夏の大三角形や、天の川の星々が、すぐそばにあって
話しかけてくれる。 暑いとか、日焼けするとか、それだけの理由で
夏を嫌ってはいませんか? むしろ、この蒸し暑い夏こそが、日本の情緒を代表する素晴らしい、かけがえのない季節であるのだと断言します。



浴衣着に帷子、扇子に団扇、麦わら帽子に藁草履、水中花に風鈴の音
簾に打ち水、蛍に油蝉、線香花火に打上げ花火、一六夜店に金魚すくい
蚊取り線香に蚊帳、怪談噺に肝試し、暑中お見舞いにお中元
夏至に半夏生、海&山の日に土用の丑、お盆に精霊流し、地蔵祭に千日詣
冷や麦に冷奴、水羊羹に蕨もち、心太に葛切り、ざるそばに素麺流し
氷金時に蜜豆、麦茶に梅酒。 それから東京入谷の鬼子母神の朝顔市。
京都鴨川の二条大橋から五条大橋に至るまでの納涼床…。
東京浅草観音のほおずき市も、京都若宮八幡の陶器市も
何もかもが『日本の情緒』を感じられて、本当に素晴らしい。



国生み神話の島『淡路島』を
友人たちと自転車で半周したのは、高校2年の夏休み。 
皆と交替でテントを背負い、ほとばしる汗と
込み上げる若さと夢を、全身に感じながら、真夏の太陽にむかって
ひたすらにペダルを踏んだのが、つい昨日のことのように——。



仲間を誘って奈良県の山奥へ
キャンプに出掛けたのは、高校生最後の夏。 
あの頃は、見るものすべてが新鮮に感じられた。
いっそのこと、『時間よ、永遠に止まってしまえ』と…。 
月日が流れ、思い出が遠いものとなっても
それでも夏は、また巡ってくる。



大自然と一体になれる夏。 人間と人間がひとつになれる夏。 
夏は、すべての面で僕らを、生き生きと解放させてくれる。
そうとも夏は、僕らの青春のように、キラキラと光り輝いている。
すばらしい夏を、どうか満面の笑顔で感じ取ってください。



※ 建礼門 葵による『夏の風物詩』でした。
 2月6日に投稿した『冬の風物詩』と同じく
  四季折々の日本の風景や行事や人情の素晴らしさを
  多くの方々に再発見していただきたく
  できるだけ盛り沢山に綴ってみました。
  生まれ故郷の相生で感じた ≪夏のときめき!≫


【関 連 記 事】

🔷【夏の風物詩】|建礼門 葵 (note.com)


🔷【秋の風物詩】|建礼門 葵 (note.com)


🔷【冬の風物詩】|建礼門 葵 (note.com)


🔷【あたたかい冬から春へ】|建礼門 葵 (note.com)



🔷【移り行く季節に】|建礼門 葵 (note.com)


🔷『桜の花びらが散る前に…』|建礼門 葵 (note.com)


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