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瞳の光《短編小説》

彼は、ドーナツはオールドファッション。
私はフレンチクルーラーとかエンゼルクリーム。

今日もお土産にドーナツを買って帰った。
勿論、オールドファッションとフレンチクルーラー。

「お、ドーナツ買って来たの?ありがとう。」
こんな時の彼は、とても無邪気。

珈琲は、いつもより贅沢にドリップ。
じっくりゆっくり…。

お皿に盛ったドーナツをテーブルに。
彼が食べるのを見てから、私も…オールドファッションを食べた。
いつもより多く買ったオールドファッション。

「あれ?好きじゃないって言ってなかった?」
「貴方が好きな物は私も好きになるの」

「何だよ、それ」笑う彼の瞳が優しくて、何故か涙が零れた。
「どした?」
心配する彼の顔が愛しくて、私は何も言わずに首を振った。
『大丈夫。私なら』
そう心の中で呟いて、またドーナツを食べた。

何気ない日常が、幸せだと教えてくれたのは貴方。


何も言わずに、一人で病院に入院したのは、それからすぐの事。

手術の成功率は極めて低い事、もし成功しても後遺症が残る可能性が高い事。
全てを一人で受け止めて、私は手術を迎えた。

貴方のあの優しい瞳を胸に焼き付けて。


「ほら、桜が満開だよ。花弁が髪に付いてる…」
彼の優しい口調と、髪に触れる微かな感触。

満開の桜を感じようと、連れ出してくれた。



私の目に映る光はもうないけれど、この胸に確かにある。

貴方の優しい眼差しが導く光。

[完]

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