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通りゃんせ《短編小説》

いつもその神社の前を通る時、私の掌には汗が出る。

帰り道、どうしてもそこを通らないと家に着けない。
友達はその前に、道を折れて帰ってしまうから、私は一人で通らなければならない。

嫌だな…何でだろう…すごく不安な感じを受ける。
昔からこの神社が苦手だった。

理由は分からない。
おばあちゃんに聞いたら、琴美はもしかしたら霊感があるのかもしれないね、と言われた。

おばあちゃんの霊感が強いのは、この辺では有名だ。
何か家で嫌な音がする、何かの気配を感じる等とよく相談にのって、アドバイスをしている。
盛り塩をしなさい、清水を撒きなさいとか。
そうすると数日後には、お礼に来る。
パッタリ無くなりました、と。

おばあちゃんは、霊は余程の事がなければ悪さはしない。大体がご先祖さまを粗末にしているから、怒っているだけだと言う。

けれど、私とあの神社には何の関係もない話だ…。

ある大雨の日、急いで神社の前を走って通り過ぎ様とした。
その時、チラッと青い傘が目に入った。

あまり確認したくなかったけど、気になった私は目を向けた。
私よりも小さな男の子。
小学一年生位?けど、ランドセルがない。

「ねえ、お母さんか誰か待ってるの?」
いくら梅雨時でも、今日は少し肌寒かった。

その子は半袖に半ズボン。
あまり今っぽくない格好に見えた。

「うん…ずっと待ってるの」
男の子は、綺麗な黒い瞳で私を見詰めて言った。
「ずっと?今日は遅くなるの?」
男の子は首を振って、下を向いてしまった。

私は困ってしまったが、こんな雨の中このまま待たせておく訳にも行かず、結局家に連れて帰る事にした。

電話番号とか後で聞いて、この子のお母さんに連絡すればいいや。

「ただいまー。お母さん、いる?」
「あら、雨大丈夫だった?」
「うん、何とか…それより、この子のお母さんに連絡して欲しいんだけど…あの神社の前で、一人でお母さんのお迎えを待ってたから…」
「…え?琴美何言ってるの? 青い傘しか持ってないじゃない?」
「え?……」私は手を見た。
確かにあの子は消えて、青い傘だけが私の手に握られていた。

…………。

おばあちゃんが、部屋から少しよろけながら出てきた。
「その傘、その傘見せとくれ」
おばあちゃんは目を凝らし、じっとある部分を見詰めていた。

「お義母さん?」私のお母さんも戸惑った様子で、それを見ていた。
おばあちゃんが泣き崩れた。
「これは…この傘は…私の長男の正斗のだ」

おばあちゃんは、ポツリポツリと話してくれた。
おばあちゃんは17歳で初めての結婚をしたが、一年も経たずに離縁する事になった。
お姑さんの嫌がらせが酷く精神的に参ってしまい、母乳も出なくなってしまったらしい。

初の孫という事もあり、置いていけと言われ、おばあちゃんは一人で上京した。

それきり、実の息子に会う事はなかった。
ただ一度だけ、小学校入学に合わせて気持ちとして青い傘を贈ったらしい。
せめてもの気持ちと償いで、差出人は書かずに。
だからきっと捨てられたと思っていた、と。

その後、おばあちゃんは勤め先で今のおじいちゃんに出会い結婚し、私のお父さんが生まれた。
おじいちゃんにだけは、全て打ち明けた。
受け入れてくれたから、この人と添い遂げようと決めた、とおばあちゃんはポツリと言った。

随分経ってから、見覚えのある住所から一通の手紙が来た。
たった一枚。
そこには「正斗が事故に遭い、小学入学直前に亡くなった」と書いてあった。

どうして、もっと早くに教えてくれなかったのか…。
おばあちゃんは、悲しみに打ちひしがれた。
けれど、自分はもう新しい家庭がある。
前に進まなきゃ…そう奮い立たせてきた。

その手紙をもらってから、おばあちゃんは早朝まだ暗い内に、あの神社に毎日手を合わせに行っているらしい。

それを打ち明けたのも今回が初めてだと…。

時々、小さな男の子がチラッと姿を見せて明るくなる前まで、通りゃんせを歌っておばあちゃんと遊んでいたらしい。

おばあちゃんは、何となく気付いていたみたいだが、中々言えずに毎日朝日が昇る直前まで一緒にいた。

謝る事も出来ずに、「私は情けない母親なんだよ」とおばあちゃんはボロボロ泣いていた。

濡れた傘を胸に抱き締め「正斗、ごめんな…」
そう呟いた時、確かに私の耳に聴こえた。

笑うように歌う通りゃんせ。

窓から太陽の光が差し込んで来た時、おばあちゃんの胸にあった傘が徐々に薄くなりやがて姿を消した。

「お母ちゃん、大好きだよ」
私にも母にもハッキリ聴こえた。

おばあちゃんは泣きながら「ごめんな、ごめんな。ありがとうな…」
そう言って、窓を開け太陽が沈むまでずっと眺めていた。

[完]


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