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価値観をドライブさせられる感じがいい。『チョンキンマンションのボスは知っている』小川さやか


重慶大厦(チョンキンマンション)といえば、一人旅が好きな人なら知っている香港の有名な場所。安宿も安食堂も、そして危ないお店もあります(素人にはたどり着けない)。以前、アフリカのタンザニアで調査をしていた小川先生は、香港でビジネスを展開するタンザニア人の「チョンキンマンションのボス」カラマと出会い、彼らのアングラ・ビジネスを学びます。

カラマは中古車ディーラー。タンザニアで天然石の輸出業を始め、昔の友人のツテをたよって、香港に天然石を輸出するビジネスに乗り出しました。2003年、全財産はたいてやってきた香港。そこで得た利益で、今度はケータイやスマホの輸出業にチャレンジしたけれどうまくゆかず、試行錯誤するうちに、アフリカ人交易人と香港人商人の商売を取り持つブローカー業で成功します。

小川先生がレポートしてくれる香港のタンザニア人社会は、本当におもしろくて、いきいきしています。お互いの商売に立ち入らないけれど、なにかあったときには協力しあって、利益を得る彼ら。日本人のような「貸し」「借り」的な発送ではなくて、困ったときには余裕のある人が助けます。助けられた人は、特に感謝するわけでもないし、後日助けてくれるわけでもありません。でも、誰かを助けることは義務じゃなくて「快楽」というのはわかる気がします。

香港のタンザニア人たちは、入れ替わりも早いし、商売の浮き沈みも激しいので、固定した組織はありません。でも、例えば知人が急になくなったら、遺体を母国に送り返すために、集まれる人が集まって、可能な範囲で寄付をします。取りまとめるのはカラマ。寄付の強制はしません。日本人的な「任意」ではなく、その瞬間に可能なことをするのが当たり前という感覚です。

きっちりした取り決めがあるわけではなく、FacebookやInstagramで商品の買い手を探したり、商品を買うために友人たちからお金を借りたり。SNSを彼らは独特なやり方で使います。お互いの商売状況はSNSで繋がって確認しているけれど、でもインスタもお互い「盛りあって」います。タンザニア人ならわかる、独特のやり方で信用を確保して商売していますが、誰もが一度ならず騙された経験を持っています。

ああ、これは昔、アイザック・ディネーセン『アフリカの日々』で読んだ気がします。アフリカの神様は、与えるだけじゃなくて、よく奪うこともするって。

正式なビジネス、大きなビジネスの隙間をぬうようなカラマたちのビジネスは、お互いが「ついで」に可能な範囲で協力しあい、リスクを分散し、手間とお金を省き、互いに利益になるように動きます。そして、可能な範囲でアフリカの故郷の知人や子どもたちを助けて楽しむし、自分が危ないときには平気で誰かの部屋に転がり込んで、台所でご飯を食べたりします。

カマラたちタンザニア人は、時間を守ることが苦手だけれど、それを逆手にとって、独立独歩の対等な立場で自分のビジネスを守ります。小川先生の質問に答えた、カラマの日本人評価がとてもおもしろいです。

日本人は真面目で朝から晩までよく働く。香港人も働き者だけど、彼らは儲けが少ないことに怒り、日本人は真面目に働かないことに怒る。仕事の時間に少しでも遅れてきたり、怠けたり、ズルをしたりすると、日本人の信用を失うってさ。アジア人のなかで一番ほがらかだけど、心の中では起こっていて、ある日突然、我慢の限界が来てパニックを起こす。彼らは働いて真面目であることが金儲けよりも人生の楽しみよりも大事であるかのように語る。だから俺たちが、子どもが六人いて奥さんも六人いるとか、一日一時間しか働かないのだというと、そんなのおかしいと怒り出す。アフリカ人は貧しいのだから、一生懸命に働かないといけないと。アフリカ人がアジアで楽しんでいたり、大金を持っていたり、平穏に暮らしていると、胡散臭いことをしていると疑われる。だから俺はサヤカに俺たちがどうやって暮らしているのかを教えたんだ。俺たちは真面目に働くために香港に来たのではなく、新しい人生を探しに香港に来たんだって

私は日本人で、日常的には日本人っていうOSで動いているけれど、ときどきこういう外国の人のOSをのぞき見して、自分の中の価値観を揺さぶってみることも大好き。小川先生の別のエッセイも読んでみたい。きっと楽しいぞ!

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