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週間手帖 四頁目

2021.09.04

心拍数、急上昇。息を呑んで身を潜めて、自分を忘れる5秒前。恐怖に宿る美は真実を物語るのだと、怯えるその目が教えてくれる。畏怖はいつでも君の傍にあるから、息を止めてあなたの過ちを数えて。一瞬の気の緩みで私たちはいつでも真っ逆さまに落ちてゆく。

2021.09.05

雨が降るから急ごう、と駆け足になるも、薄暗くなる空のスピードには勝てなかった。水滴よりも軽いような重いような、真っ白なそれを掌で受け止め、顔を合わせてわかりやすく驚き合った。季節外れの雪は私たちを冬から逃さないとばかりに降り続く。せっかくの嬉しそうな顔も霞んで見えないのは少し残念だけれど、肩に落ちた雪を払う手の重みにじくじくと心臓が震える。濡れた手を振り払い、「傘は買わなくていっか」とくるりとひと回り。小さな奇跡どころでは、その美しさに何ひとつ敵わない。

2021.09.06

明日はどうしようとあれこれを考えながら、体重のすべてを預けてみる。最大の救済処置は約束するから、それまでは世の中のすべてを考えることができる余力を与えて。疲れたときはやわらかい枕となってだらりと眠らせて。ここにいる人を一番に考え、ここにいる人を一番に考えない。そんな深い泥濘のような思いは、言葉では到底伝えられそうにない。

2021.09.07

毛布に包まったままソファーに座ってしばらく、ずっと何かを考えているようで考えていない時間を過ごした。やわらかな湯気がおいしそうな匂いを携えてやってくるもんだから、お腹がぐぅと鳴る。子どもみたいで恥ずかしい、でも生きた心地がしている。そんなに優しい笑い方するんだ、と見つめている間にてきぱきと用意されていく自分のための食事たち。身体を温めなさいと出されたほかほかのシチューはぼくのすべてをどろどろに溶かした。

2021.09.08

雨の日だけの暗黙の約束。晴れの日は君を想う。低気圧に悩まされない君は、どんな気分で目覚めて、どんな色のワンピースを着て出かけるんだろう。友達は何人いるんだろう。外食はするんだろうか。何ひとつ知らないまま、絆されてきた。壁に打たれた頭はじくじくと痛むけれど、そんなことはどうでも良いくらい同じことばかり考えているよ。晴天に照らされて誇らしく歩く幻想に浸りながら、意識を放棄した。

2021.09.09

今日で最後にしよう。何度目かのそれを決心して、目を閉じて雨に打たれた。熱に浮かされてちょっと距離感が馬鹿になってしまっただけ、それだけ。良い未来を描く術を持たないぼくを怒るだろうか、悲しむだろうか。それとも清々するだろうか。きっとそんなことはないんだろうね、とわかることほど辛いことはない。遠くから足音が聞こえた。終わりのはじまりを始めよう。

2021.09.10

外傷はないのに、胸のあたりが抉られるように痛む。冷たいコンクリートの上で死体のように転がり、朝を迎え、夜を越えた。建物の隙間から雨粒がすり抜け、額を濡らす。足りないよ、こんな程度でこびりついた呪いは流れ落ちない。もうすぐ梅雨が明けると誰かが言っていた。わかってる、もうすぐだから。だからせめて、こんな雨の日くらい、その甘い呪いで満たしてよ。

2021.09.11

青い鯨が宙を舞う。世界を一周して、常識を一蹴する。一呼吸ですべてが呑み込まれてゆく光景に、どこまで耐えられる?左脳で待つ人、右脳で期待する人。信じるものは、目に見えるものだけ。




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