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「あなたに褒められたくて」高倉健さんのエッセイは、ステキすぎます!

高倉健さんのファンです。

高倉健さんの映画を見てファンになったかというとそうでは無くて、映画は普通程度だと思う。初期の任侠映画は残念ながら肌に合わない。実は一度エッセーを読んでからすっかりファンになってしまい、その後注視するようになった。

エッセーの題名は「あなたに褒められたくて」という名前で、後で知ったがこの本はその年の「日本文芸大賞」のエッセイ賞を受賞している。ここにあるあなたというのは、健さんのお母さんのことである。色々とエピソードが綴られているのだが、文章もよどみがなく、健さんの気持ちがストレートに表れていて驚くほど身近に感じられ好きになった。健さんのお母さんは、学校の教員である。

健さんがお母さんのことを書いています。

街に健さんの任侠映画の全身入れ墨のポスターが貼られていて、多分縦長の大きいものだと思うのだが、お母さんはそのポスターを見てこう言った。「またあの子はあかぎれを作って。冬になるといつもこうなのだから」と。くりからもんもんで日本刀を持つ写真の中で、お母さんの眼はかかとに貼られた絆創膏に注がれているのである。健さんは言う。日本全国で誰がそんなところを見ているだろうかと。

八甲田さんの映画の時にはこう言っていた。「あんたも長いこと映画に出ているのだから、雪の中の大変な役ではなく、もう少し良い役を貰えないの」と。えっと僕は絶句する、健さんは主役に近い役でしょう。これも後日談があって、この間ベトナムでこの映画を見ていたら実は健さんは主役であった。お母さんがこう言うのでてっきり雪の中に埋もれて「天は我々をみはなした」と叫ぶ方の隊長だと思っていたのだ。が実はこの役は北大路欣也さんで、健さんの役は堅実に計画を立て少数精鋭部隊をまとめて無事完走する側の隊長であった。主役に近いではなく間違いなく主役なのである。

健さんのお母さんは学校の先生です。

今日サイクリングをしながらこのお母さんのことを考えていた。本当にこのお母さんは知らなかったのだろうかと。教員といえば師範学校か大学を出ているだろう。そんな訳は無い、きっと知っていた筈である。多分お母さんは、はぐらかして答えたのだ。そして健さんは面白いとそこだけを切り取って、エッセイに入れたのだと思う。うちの家族ならばこういう人のことを、あの人「天然だよね」という。これが至極誤解を招くのだが、これは最上級の褒め言葉である。うちの家でこう言われると知的でユーモアがあり尊敬の対象である。しかしこう受け取る人はまずいないと思う。

もう一つ面白い話。

健さんに好きな女優さんが居て、実名は出てこないのだが、彼女が海外旅行から帰って来てお土産を渡したらしい。ウサギか何か忘れたが、キーホルダーに毛の小さな尻尾のようなものが付いた奴である。おそらく何人かのお友達にまとめ買いをしたものだろうと想像できる。バレンタインで言えば義理チョコである。健さんはそれを肌身離さず大事に持っていて、そのうちこのままでは毛が汚れるということで、この尻尾をそっくりおおう革製のカバーを特注で作らせたという。えっ、いくらするの?と聞きたいが、そしていっそう大切にしたのである。

とても驚いた。

中学生と変わらない。銀幕の中やTVで寡黙にする健さん、みんなのイメージを壊さないようにと努めている姿とのあまりの落差に驚くと同時にすっかり親しみを覚えた。役者の道には厳しいが、心根はそんなに我々と違うものではないとそう思った。だが仕事に向かう姿勢は、ストイックで厳しさがにじみ出ている。僕は、その両面に惹かれるのである。

で、このウサギの尻尾はどうなったかというと、バッグか何かに付けていて、鎖といっしょに無くなったらしい。ヤレヤレである。男性の恋愛事情というのは、こうした滑稽さがあるように思う。こういうのって女性にはわからないだろうなと思う。もし渡した女性がこのエッセイを手に取って読んだらわかる筈だと思うかもしれないが、きっと読まないと思うし、万が一読んだとしても気づかないと思う。

お母さんは本当は良くわかっていたと思う。

でもあのお母さんならきっとわかると思う、天然だから。そんな素晴らしい母親ではなかったのではないだろうか。海の見える高台にお母さんの為に家を作ってあげたという。しかしお母さんは一度も行ってくれなかったという。そういう母親だったのだ。

なぜこんな些末な文章を書いているのか。

実は考えていることがある。一つは文章修業の為。もう一つは、何人か共感して貰える人に読んで貰いたい為である。5人でも10人でも良い、僕と同じように感じて貰える人に読んで貰いたいとあつかましく思っているのだ。

そんな新しい楽しみを見つけたのである。



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