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ショート百合小説《とうこねくと! ぷち》東子さまはトルヴェール!?歌うサックス

 みなさん、こんにちは。北郷恵理子です。
 
「やっぱり音楽はいいわよねぇ」
 
 何やらサックスの演奏を聴きながら私にそう語りかけてくる奥さま──神波東子さまの付き人をしています。
 
 居間にBluetoothスピーカーを持ち込んだと思ったら、自分の音楽プレーヤーを接続し、いきなり曲を流した東子さま。
 流れてきたのは、情熱的なサックスアンサンブルの演奏でした。
 
「東子さま、どうしていきなりこの演奏を?」
 私は尋ねます。
 
「今日はね、サックスの生みの親であるアドルフ・サックスの誕生日なのよ。ふふっ、ちょっと待っててね」
 
 そう言うと、東子さまは自分の部屋へ戻っていきました。
 
 *
 
 東子さまは、お部屋から1枚のCDを持ってきました。
 
「私、『トルヴェール・クヮルテット』っていうサックス四重奏のグループが大好きでね。今かけてる演奏もトルヴェールのものなのよ。みんながまるで歌ってるみたいに、自由自在にサックスの音色を操っていて……素敵だわ」
「確かに、サックスの音ひとつひとつが歌声のようにも聞こえます。自由で、伸びやかで、聴いていてすごく気持ちいいです」
「そうよね」
「それにこの曲どこかで聞いたことがあると思ったら……『木星』ですか? でも、ところどころアレンジが入ってるような……」
「ご名答。これは『トルヴェールの《惑星》』っていうアルバムの中の曲なのよ」
 そう言うと、東子さまは持ってきていたCDを私に見せてくださりました。

「ジャケット写真、いいですね。みなさん神様みたい!」
「ジャケットにこういう遊び心があるのも、トルヴェールのいいところよ」
「しかも、通常の『惑星』にはない楽曲まである!」
「そう。『彗星』『冥王星』『地球』……これもまた遊び心よね。私は『地球』が好きよ。吹奏楽曲の中でも人気のある、ホルストの『第一組曲』のメロディーも混ざっているの。好きな人にはたまらないかもね。もちろん、私も」
「これはじっくり聴いてみたいです! 東子さま、CD貸してくださいっ」
「ふふっ、もちろんよ。……あっ、そうだわ!」
 東子さまは何を思い出したか、またお部屋へ戻っていきました。
 
 *
 
  しばらくして、東子さまは──
 
「じゃーん!」
 金色に輝くアルトサックスを装着して居間に登場しました。
 
「えっ、東子さま! フルート以外にサックスも吹けるんですか!?」
「うふふ、そうよぉ。吹奏楽部では楽器のかけ持ちもしてたんだから」
 自信満々に胸を張る東子さまは、マウスピースに口をつけて楽器を構え、息を吸い──
 
「わぁ……!」
 私は思わず感嘆の声を上げました。
 東子さまが奏でるサックスの音色もまた、歌声のように自由でのびのびとしていたのです。
 
 そういえば、と私はふと思い出します。
 東子さまが好きな『トルヴェール・クヮルテット』。
 『トルヴェール』とは、フランスの『吟遊詩人』だったと記憶しています。
 
 歌うようにサックスを奏でる東子さまは、さながら自由で伸びやかな吟遊詩人のよう。
 東子さまの『歌』に聴き入る私は、そんなトルヴェールに恋した街の女の子。
 
 これからもずっと、この愛しい恋の歌を聴いていたいです。

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