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連載百合小説《とうこねくと!》はじめまして、東子さま!(1)

 みなさん、はじめまして。北郷恵理子です。

「神波東子です。これからよろしくね」

 今日から、このお屋敷の主である奥さま──神波東子さまにお仕えすることとなりました。

「よろしくお願いいたします」
 私は深々とお辞儀をします。顔を上げると、奥さまは優雅な笑みを浮かべていました。

 黒いシースルーのブラウスに、ドット柄が入った藍色のスカーフ。黒のタイトスカートに黒タイツ。長い髪を後ろで縛っており、お化粧は控えめ。凛々しく上品な出で立ちの、美しい奥さまです。

「あなたのことは聞いているわ。お掃除が得意だとか」
「はい。家事代行のお仕事をしたこともあります」
「ふふっ、心強いわ。私、どうもお掃除が苦手でね」
 そこまで言うと、奥さまはペロッと舌を出してちょっと恥ずかしそうに頭をかく仕草をしました。なんだか、可愛らしい奥さまです。
「あなたにお願いするわ」
「お任せください」
 とても優しそうな奥さまで、私は安心しながらそう言いました。

「では、奥さま……」

「ちょっと待って」

 自分の荷物を家の中に運ばせてもらおうとそう言った瞬間、あんなに明るかった奥さまは突然顔を曇らせました。

「も、申し訳ございません! 私、何か粗相を……」
「呼び方」
「えっ?」
 何のことか、私は一瞬わかりませんでした。
「私の呼び方よ」
「呼び方……?」
「そう。『奥さま』って、なーんか堅苦しいわねぇ」
 顎に手をかけ、首を捻る奥さま。
「そ、そうですか……。では、何とお呼びしたら……」
 おそるおそる、そうお尋ねします。
「うーん……」
 奥さまは少し考えて、私を見つめて、口を開きました。

「私のことは、名前で呼んでちょうだい」
 奥さまはそうおっしゃいました。

「お名前……ですか」
「そう。名前で」
 ちょっといたずらっ子のような目で、私を覗き込んでくる奥さま。まるで、私の反応を楽しんでいるかのようです。
「呼んでみて?」
 ダークブラウンの大きな瞳が、上目遣いで私を誘っています。どこまでも吸い込まれそうな瞳です。
「は、はい。では……」
 私はドキドキしながら、ひとつ咳払いをしました。そして、口を開きます。

「と……東子、さま……」

 ちょっとだけ俯き、上目遣いで、私はその名を口にします。お名前だけを口にするのは、どうもむず痒いような、それでいて甘酸っぱいような、だけどもう一度呼んでみたくなるような、不思議な感覚がしました。
「うんうん、いいかも」
 奥さま……いえ、東子さまは、満足げに頷きます。
「私もあなたのこと、名前で呼ぶわ。あらためてよろしくね。恵理子ちゃん」
 最初の優雅な笑みを浮かべ、東子さまは私に握手を求めてきました。
「はい。よろしくお願いします。……東子、さま」
 私はその名を、照れ隠しのつもりで口の中で転がすようにそう言い、東子さまの手を握り返しました。白く、細く、でもどこか力強さを感じる手でした。
 
 次の瞬間。
 
「っ!?」
 
 私の息と同時に、思考も止まりました。
 東子さまは握手したままの右手を自分の方へ引き寄せ、空いた左手で私の頭を抱え寄せ、私に──
 
「……んっ、可愛い唇ね」
 
 ──キスをしたのです。
 
「とっ、とととと東子さまっ!?」
 私は顔を真っ赤にして慌てふためきました。だって、いきなりこんな……!
「慌てる恵理子ちゃんも可愛いわよ」
「いやいや! 可愛いとか……ええっ!?」
 もう、自分でも何を言ってるかわかりませんでした。突然のことに頭の中がパニックです。
「まあ、お話は家の中でしましょ? さあ、上がって」
 私の手を握ったままの東子さまに手を引かれ、私は真っ赤な顔のまま、わけもわからず東子さまのお屋敷に足を踏み入れるのでした。
 
 東子さま……あなたは一体何者なんですか!?

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