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ギターから話しかけられたかもしれない。

ある日心に響いてきた。

部屋に転がったギターをみつめてた。

…今、鬱に陥って、体が動かない。
日常生活を行った跡が部屋中にある。
缶ジュースの空き缶や惣菜の容器。
使った食器…。
なんとか立て直すために、体を動かせるように、と書いたら動けるか、と書き散らした文字。散乱した紙やノート。
脱ぎちらした洋服。
風呂にも入れず、こたつの中でむかえた夜明け。
仰向けにねころんでいる。
体がこわばってつめたい。
必死に食い止めようとしたが、鬱は、さらにぼくを抱きとめにかかっている。
いや、ぼくの内部からじわじわ滲み出てきている。
未消化のストレスと、出口のない苦しい観念が叫びだしているんだ。
このままでは時間感覚も飛んで、あやふやな中にはいりこんでしまう。
そして、頭はまったく歓迎しない……現状打破を引き出してくる。…ああ…。
過去の挫折や失敗の記憶、オンパレードだ。
ここからなにがいけなかったか、と原因探しでもしてるんだろう。脳が。たぶん。
ぼくの魂は、落ちては這い上がろうとし、また落ちる…。
そんな人生をさだめられたろうか?
魂、心がギリギリと万力でしめられている…。
もしやその万力はぼくの観念か?
精神の自己免疫疾患のようだ。
そう思ったら、ふ、と少しだけため息が漏れた。
けど…こんななのに、
魂はその奥で人生に光を通そうとしてるかもしれない。
夜の星がチラチラ小さく光るのに似ている。
上空の強い風に揺れ、時折厚い雲が覆っていく。
涙は心の奥底のくぼみに凝り固まっているようだ。
涙自身が流れをせき止める樹液のようになっているのかもしれない。

ギターを見つめた。
ぼくは少ししか弾けない。
音楽が好きで、歌をひっそりと練習しつづけ、ギターの練習もまあまあ…過去にした程度だ。
憧れは強くあっても、才能はないなあ、と思った。
誰かとの比較の心が強すぎて、ただ歌うこと、弾くことにむかえなくなった。
仲間も居たには居たけれど、人と付き合うのが下手すぎたのと、そいつらとレベルが全然違くて縁はなくなっちゃった。
まだ、笑い声も覚えてる。

…憧れだけが執着や未練に姿を変え、ため息をついていた。
思えば、なんでもそうなってしまっていたな。
将来につながるか、とか、人より秀でなければ、とか…
お金になるか…とか…
今ここで、ただ対象に取り組むこと、出会うことができなかった。
それよりも怖かった。
不安だったのだ。
生きていけるか。
なんというのだろう、自我?心?とは巧妙で、今の状況状態で生き残れてるなら、不幸さえも使うのだろうか。
楔を打って宿主の思考を不安や恐れに引き留める。
ほら、苦しいぞ、徒労におわるぞ。
カロリーを消費するな。
今のままでじっとしてるんだ。
そうやって我が頭にある太古の脳みそは、
我が心身に刻み込んだ、無価値感や無力さを
外のものと錯覚して、余計に動けなくしている。
…かのようだ。知らんけど。
信じきれて安心できるのなら、報酬があるのなら、カロリーを、消費しても動きますよ。
この無力感=危機をもってもね…。
と厳しい態度で更に楔を打つ。
答えは出てるだろうに、闇の中の焦点合わせのように見えない。
闇の中、視界の端にぼんやりうかんだ、掛け時計は見ようとすれば暗闇に紛れる。

皮肉なことに、その不安だけが叶っている。
それこそ心にいつも、そのメロディーを鳴り響かせるギターに、歌になっている。
苦しい。
率直にそう思う。
心が生き方や人生を形作るなら、何によって安息へとかわってゆくのだろう…?
希望とは自ら弾けるものだろうか?

ギターをじっと見つめる。
もう、ぼくはじんわりくる鬱に、怯えながら観念しだした。ああ、これから数時間眠るまで地獄だぞ。
もう、さらなる、頭に鉛を流し込まれたような…の中に入ってるじゃないか。
この部屋の現状。体の鈍さ。
一つの動作、動きだすのに30分以上かかる。
これがいきすぎると、生命維持装置のように、なんとか助かる行動をしだすのだ。
しかし、それもできなくなるといよいよ混沌とした泥濘の中で、脳みそは地球全部の重力を受けたようになり、体は身の置きどころがなく、すり鉢の中にいるようになる。
記憶が混沌とした真浜、横たわるのだ。
なんとか排泄は出来るのだが…。
すこしだけ、エネルギーがたまると最低限の生活行動をして、すごす。
視界がノイズのかかった灰色のモノクロになる。
彩度が低くなる。

そうこうしてるうちに、余計なことは少しずつ流れてむき、慢性的なうつ状態に戻るのだ。

なにやら衝動をやりすごしたり、とっさに暴れたり、うなったり、空手で空をなぐったり、叫んだりもする。
もっとひどい人もいるはずだから…と、変に自分責めも深まる。


まるで、地球の重力が何倍にもなったかのような中。
何もできずにその重力と脳みその中心が引き伸ばされ圧縮され、ちぎれるような時間をアウアウとすごし、身の置きどころのない体の感覚とぶつ切りの眠り。
2つの狭間ですごす。
やがて、明けて動けるんだろうけれど、
それでも鬱は僕の中に小さくなって、いつもいる。
ぼくの脳は「下手なこと」が多いのかもな。
そして、感情の中で迷子になりやすいみたい。
仕方ないね…。
少し笑う。 
みじめだ。
脳の機能の問題なんだろうか。
笑い声の人たちは、夢を叶えたり、こんなふうに停止しないで、人生を過ごしてるのかな。生きるのは大変だけど、覚えてこれた人たちなのかな。

樹液が少しだけ、ことり、と身震いした。


そんな鬱のなか
ギターを見つめていた。

なんでか、なんでだろう…
心に言葉がうかんできた。

今、あなた、とても、くるしそう。
ね、弦を弾いてみて。
こっちにきて…
…やっぱり、ぼくのこと弾けないって苦しい?
体、うごかない?

ぼく:あ、独り言だ。心の中の。
  ぼくは小さい頃、一人遊びでお話も作っ
  てたっけな。
  挫折オンパレードよりましか…

たぶんギター:手がないから、
      自分を弾けない。
      音でおしゃべりできないね。

ぼく:何いってんの、ぼく。
  いつもの独り言か。
  もしかして鬱が進んじゃったんだろう
  か。
  こんなスピリチュアルな本なかったっ
  け。体くるしい。
  …妄想がギターの声ならなら、
  まだぼくは音楽、大切だって、
  言って良いのかな…

たぶんギター:スマホも音楽なるね。
   ただ、弾いた音色に耳を澄ま
            してほしい。
   もしかしたら、あなたのいのちを、
   少しだけ時を、満たすかもしれな
   い…。
 
ぼく:何言ってんだろう、ぼくの頭は。
         メルヘンな過ごし方を編み出したのか
  な…これが今回の作戦か…?
  そんなんで、満たされるわけ無いだろ。
  なにかしてもさ、またこの鬱の沈黙
  くるよ、苦しいんだよ。

たぶんギター:心と音は通い合う。
      響き。
      静寂。
      心に寄り添うと魂、
      現れてくる。
      あなたの内にゆく道。
      魂が歩んでる。
      考えが行き過ぎると
      多すぎて、曇になる。
      音楽、身体、心、魂で
      聴くから。
      曇り減る。

ぼく:そんなことして、何になるの。
  現状が変わるわけないじゃないか。
  ぼくはバイトを逃げ出したところだし。   
  精神科にゆくこともきめたんだ。
  おまけに人間関係もすべても切れて
  しまったんだよ。今さら、何かを
  なんて…

ギター:色もなく益もない、ただ今ここの
   行いが、考えが休む瞬間が、あなた
   に時間と魂の光が通う道を作ることも  
   ある。ただの希望が何より豊かな
   ように、諸々の立ちあがりのように。
 
ぼく:なにもないことが豊かなの?

ギター:うん、空間。ぼくは弾かれた響きの
   高らかさに歌う。独りのときに歩む、
   静寂の道も共にゆく。望んでくれる
   なら、いつだってあなたのそばに、
   そのままの音色と共に…。
   そのひらめく、あなたのいのちの 
   メロディーとともにいる。

   あなたが望んでくれる限り。
   ただ、あなたがぼくを暇つぶしでも、
   爪弾いて…その音色をただ聴いたり…

ぼー、っと見つめてた
なんだか、難しい詩的な話し方だなぁ
おまえ。
ぼく、それでも体を起こして動けないんだよ。

……
何分たったろう…?
仰向けのまま這いずっていって、その胴体をなでた。

夜は更に明けていた。
カーテンの裾から、春先の明るさがぼんやり
はいりこんでいた。

その翌日、ぼくは、その這いずった姿勢を、ギターを支えにして、ギターを抱えた。

そして、そして…
ギターの弦を鳴らした。
なにか曲を作ろう、練習してみようとかない…。
ただ、爪弾く一つずつの音色に耳を澄ました。
あの焦りやイライラとしたもどかしさ、短気さはいまは勢いを弱めていた。
あの深い闇のすり鉢の底のような…重力と万力も…生きていけない失望感はありつつも…。
気が散って集中もできないあの気だるさも。
だきかかえて過ごした。

心に映ったギターの心
本当かな

ギターが寄り添ってくれたらしい。
それか、ぼくの、なんとか自愛自尊しようという…安全装置みたいな、なけなしのひとりごとだったかもしれない。
鬱はまた来るだろう。
そのときギターと一緒に過ごせるかはわからない。
けれども、あのギターが話していた。
耳を澄ましたところ。
なにもない豊かさ…に至ることは、思ってみてもいいかもしれない。
それが、
自分の魂に向かっていくことなのかもしれない。

弦の楽器の始まりは…狩人が弓を抱えて、弦を鳴らしてみたことが始まりだいう…
そんなことを、読んだことがある
嘘かほわ透過はどうでもいい…

ギターは空間だといった…

なんでだろう…

弦が大きな空の空間に、響いて、
喜んでる…そんな空想と…

すり鉢の下の、深いところに…まるで大地に通る伏流水のよう…響きが少しだけ…
そんな空想も湧いてきた。

ぼくはギターをもう一度、なでた。



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