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幸村を討て

白い空間を切り裂いてこちらに疾走してくる墨絵の騎馬武者。
表紙の右側に2列に分けて書かれた題字は、赤。そして、左側にある著者名は白い文字。
余計な色がなくてシンプルに迫力が伝わってくると感じるのは、好きな武将の物語だから勝手に盛り上がっているのかもしれない。

リビングのテーブルに置いていた本を見た妻が、
「あ、真田幸村?」
と聞いてきた。
「なんで知っとると?」
「だって、好きって言いよったやん。信長の野望にも出てくるっちゃろ。」
「えらい詳しいね。さては、オレのこと好きやろ?」
「はいはい、よかったね。」

死後400年以上経ったなんでもない日に、ごくごく平凡な家庭の夫婦が自分のことをネタに会話している。
屋外では馬よりも速く走る鉄の塊に乗って移動し、伝えたい情報は掌サイズの端末を使って瞬時に相手に届け、誰も槍や刀を携えて歩いていない。
そんな日常生活の様子までは想像してなかったにせよ、こんな会話が生まれているという事実が、幸村が想いを遂げたことを証明してくれた。


物語の舞台は、江戸幕府側と豊臣家の合戦となった大坂の陣。徳川家康を筆頭とした幕府軍が、豊臣秀頼が籠る大坂城を潰しにかかった戦いだ。大坂城には、関ヶ原の戦いで敗れた西軍側の浪人たちが集っていた。ある者は家を存続させるために、ある者は自分の名を後世に残すために。
物語には、彼らの想いと策略が折り重なった様子が描かれている。目次から読み取れる主な登場人物は、真田信之・幸村兄弟と父の昌幸、徳川家康、織田有楽斎、南条元忠、後藤又兵衛、伊達政宗、毛利勝永。

妻が言っているとおり、僕は真田幸村が好き。書店で見かけた表紙から明らかに幸村が登場する物語だと認識し、いつか読みたいと思って図書館で予約した。人気があってすでに数十人の予約があり、順番が回ってくるまでに半年以上かかった気がする。単行本で527ページの厚さは、貸出期間の二週間で読み終えることができるのか不安がよぎるほどだった。


でも、読み始めると、一瞬で不安は吹き飛んだ。睡眠時間を削ってでも読みたいと思うほどおもしろくて、連日遅くまでその世界に浸っていた。

下剋上という言葉がいつできたのか知らないが、自分の想いを遂げるためなら主人さえも倒してのし上がっていった時代。その戦国時代のおそらく最後になるであろうと誰もが予想した戦いは、なんとかしたいと願う者にとっては最後のチャンス。他人がどうであるかに構っている暇はない。だから、常に周囲を窺いながら、時には騙し、時には協力し、命を削る。

そんな彼らの大坂の陣での振る舞いを知り、そしてそこに至るまでの半生を辿っていくと、共感や驚きから親近感がわいてくるのがまたおもしろい。今まで知らなかった人物を、心の中で応援したり、憎んだりする。もともと好きだった真田幸村や伊達政宗はさらに好きになったし、幸村の兄にもほれぼれした。


魅力的なのは、人物たちだけではない。何重にも折り重なった策略が、戦の中で開花し、少しずつ真実に迫っていく。ひとつの心変わりですべてが泡と消える緊張感が、登場人物たちをつなぎ、物語と僕をつなぐ。
最後の決着がついた瞬間には、「おー、すげー!」と心の中で雄叫びをあげていた。


好きなミュージシャンがうたう歌詞に、こんなものがある。

一発目の弾丸は眼球に命中
頭蓋骨を飛び越えて 僕の胸に
二発目は鼓膜を突き破り
やはり僕の胸に
それは僕の心臓ではなく
それは僕の心の刺さった

THE HIGH-LOWS『十四才』より引用

そう。
表紙の迫力も、頭の中でこだまする登場人物たちの叫び声も、心に刺さった。

『幸村を討て』


細かなやり取りが史実かどうかはわからない。だけど、そんなこと関係ないし、調べてやるという気持ちもまったくおきない。

読みながら彼らのやり取りに浸って味わった緊張感も爽快感も鳥肌も、僕の感覚としては真実だから。

読書感想文っぽくない読書感想文だと思ってもらえたら、とっても嬉しいです。

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