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対話への心構え

私がいた食品製造業は、製造業の中でも労働災害発生率が高く、また、他産業と比べ労働災害の発生頻度が高いです。
厚生労働省の労働災害動向調査によると、食料品製造業で発生した休業4日以上の労働災害の年千人率(労働者1000人当たりの年間発生死傷数数)は5.7と全産業、製造業全体(2.6)の約2倍で、労働災害の多い建設業の4.5を上回っています。

全産業、製造業平均の約2倍

厚生労働省 令和3年度 食品産業の安全コンサルタントによる安全診断・指導・調査分析事業 成果報告書より引用

それは、安全衛生管理の仕組みの形骸化や社内での情報共有不足が課題があるからです。そのため、農林水産省が実施した調査からは、教育を通じた安全文化の醸成が求められるとしています。

では、この教育と通じた安全文化の醸成とは、いったいどうすればいいのでしょうか?
結論から言うと、
「労働安全衛生の仕組み」
「現場で実行するプロセス」
「人の基盤」
のこの3つのアプローチが必要です。

つまり、ルールを裏付ける検証があり、わかりやすいルールにし、それを現場へ落とし込み、現場にあったやり方にし実行し継続すること、全ての工程にはたくさんの人が関わることから、全員が同じレベルで理解し行動すること、が必要となります。

今回はこの「人の基盤」という視点から、”対話への心構え”についてお話します。

私はISO22000食品安全チームリーダーのとき、その工場で初めて外国人実習生を受け入れました。他拠点では既に受け入れており、数年の実績もあるため、経営層からすれば横展開すれば問題ないという認識でした。
しかし、現場ではどのように接していくのか、会社で決めたルールはどのように理解し行動してもらうのか、試行錯誤でした。

実習生は日本に来る前に、6カ月をかけて日本語と日本の食品工場で働くための衛生管理を勉強してきます。

日本の食品工場の衛生管理や取り組みはとても厳しく、
海外の工場にいくとそのレベルの差に驚きを隠せないことが多いです。

異物混入や食中毒につながるわずかなエラーに日々注意を払います。
思いもよらないところから苦情につながることがあります。

そのため、工場で働く状態をつくるために、工場制服の着用の仕方、工場での手洗い、作業切り替え時や作業中の手の動きによる汚染リスクとその対処方法、体調不良時の対応などからすべて説明します。

なぜそれをするのか、
起こりうるリスクに対しての対策はなにか、
そのためにどんな行動をする必要があるのか、
背景からルールまでこと細かに、
日本語と英語、現地語を通訳の方と一緒に時間をかけて説明しました。

手洗いの説明のときでした。
実習生の一人が「ふふっ」と笑いました。

私はその表情を見逃さず、
何がおかしいの?
と聞きました。

すると、
こんなの自分の国でも教えてもらったしわかっているわ
とひとこと。

自信がありちょっと馬鹿にするような口調と表情で僕に言いました。

一瞬、胸がもやっとし、心が違和感で満たされました。

一呼吸おいて冷静に話しました。

あなたが学んだ手洗いのルールはとても大事なことです。
 これは日本で生活する上でとても役に立つでしょう。
 しかし、私たちが求める食品工場の手洗いルールは特別です。
 私たちは安心安全な食品を作り消費者に届ける責任があるからです。

もう一度手洗いについて丁寧に説明しなおしました。
手洗い1つになぜこだわるのかを伝えました。

例えば、
人は何をするにも手を使うこと。
それも多数の人間が頻繁にさわっていること。
自分の手は綺麗でも周りはとても汚れていること。
手自体に数多くの微生物が存在すること。
(表皮常在菌などのリスクなど)
無意識に起こす行動によるリスクがあること。
(例えば、顔をかく、鼻をさわる、衣服をさわるなど)
食品はわずかな菌で一気に基準を超えた数へ増えること。
(食品は菌が増える要素をすべて満たしているなど)
などなど。

日本人の従業員に対してのオリエンテーションではここまでやってきませんでした。海外の工場に行った時でも、既に基本概念が浸透理解されているため疑問に思いませんでした。
そのため、勉強していきているからわかるだろうと思い込んでいました。

しかし、国が違えば文化が違う。
文化が違えば慣習も違う。
言葉は慣習をつくります。
言葉が違えば考え方も違います。

それは何気ない瞬間にあらわれるもので、たいていは見逃されます
そこに思い込みや前提があると気付けない可能性があります。
気が付くと大事故につながる恐れもあります。

この時オリエンテーションした実習生は、誰よりも手洗いが丁寧でした。
その後、日本人の手洗いを注意する姿もありました。

新しい意味や解釈が生まれてはじめて、思考や感情、行動が変わるのかもしれません。
相手がふふっと笑ったことをきかっけに、お互いの違いを認識し、向き合ったからこそ、変化が起きたのかもしれません。

伝達だけをしていたら、どのくらい伝わっていたでしょうか。
きっとお互いに苦しいものになっていたままかもしれません。

最後までお読みくださりありがとうございます。


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