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アチアチ・サムゲタン

あんなに暑かった2023年の夏のことをもう思い出せない。それくらい今年の冬は、いくら暖冬と言われようとも寒くて長いと感じるのだ。冬好きな私にとっては嬉しいことだが、それにしたって温かいものを食べたり飲んだり纏ったりというのがしみじみと嬉しい日々が続いた。

ここのところの三寒四温っぷりにはいささか参ってしまうが、しかし冬が去ろうとしている雰囲気は日に日に強まっている。
私は今年、冬の終わりが特に寂しいのだ。何故なら、この冬に舞い降りた「アチアチ・サムゲタン」との出会いが、今なお鮮やかだから。

ある日ランチの約束をしていた先輩から届いた一報にはこんなことが書いてあった。

「寒すぎて絶対スープ系が美味しい日なので韓国料理屋さんとかどう?チゲ食べたい」

わーお、チゲ!最高!一瞬で韓国料理の口になり、仕事場近辺の韓国料理店をワサッと探した。Googleマップはこういう時ありがたい!
好意的なコメントが多めで距離もさほど遠くない何店かのうち、一番本格派っぽいところに狙いを定めて先輩と向かった。確かに寒くて、冷たい風を真っ向から受けて思わずマフラーに埋めた顔の下半分の温もりが心地よい日だった。

到着したお店は大きめの音量のk-popと楽しそうな人々のお喋りで大層賑やかだった。店員さんもお客さんもいろいろな言葉を喋っていて、そこかしこにハングル文字の表記があった。
ほどなくして席に着き、メニューを広げる。なるほど、あんまりそのことに気づけていなかったが確かに韓国料理はスープ系が多いんだな、と改めて気がつく。スパイシーなものも多いし、これからは寒い日には韓国料理屋さんっていう流れは良いかも…と思いながら目を滑らせていくと、サムゲタンの存在に気がついた。私の数ある大好物のうちのひとつだ。

初めて参鶏湯を食べたのは、母と行った韓国だった。昼食をとろうと何気なく入ったお店だったが、ホテルが近かったにもかかわらず観光客など全く相手にしてなさそうな、ザ・地元!という雰囲気満載のお店だった。その頃韓国料理と言ったらビビンバくらいしか知らなかった私に、あ、サムゲタンある!美味しいからこれにしてみなよ!と母が勧めてくれたのだった。

それなら、と頼んでみたらもう、それはそれは最高だった。熱された金属の器に、しっとりぷるんとした鶏肉が豪快に丸ごと入っている。ネギの香りが溶けたまろやかなスープが絡む味わいにうっとりしながら骨と格闘しつつ美味しい鶏肉を食べ進めると、やがて中からムッチムチの餅米が現れて最高だった。そのうち、一緒くたに煮込まれた栗やナツメや朝鮮人参の味わいが次から次に訪れて、他の小鉢なども合わせて大大大満足…なのにお腹がはち切れそう、みたいな膨満感よりも美味しいものを食べたぞ、という充足感が遥かに優ったのも不思議だった。

あのころ韓国コスメにとても興味があり、明洞をはじめ行く先々でお店を見つけてはたくさんアイシャドウやパックや化粧水を買って、大喜びしたっけ。そんな思い出に浸っているうちに、先輩にチゲ、私に参鶏湯が運ばれてきたのだが…

煮立っていた…正確には、沸騰していた。初めて食べた当時のことをはっきり思い出すような分厚い金属の器が、アッツアツに熱されていて冷める気配がない!口に運ぶのが緊張するようなそのビジュアルに思わず固唾を飲んだ。
恐る恐るスプーンに掬って一口…あっつ!!!と先輩と爆笑してしまった。こんなに熱い液体を飲んだのはいつぶりだ!?大人の私でも声を出してしまうほどのあっついスープ。冷める気配のない、あっつい、スープ!!そして味、うまーーーー…!!!

とにかく味が良いので何とか食べ進めていると、何というか、めっちゃたまらんな…という気持ちになってきた。自分の家でこんなにも熱く、冷めず、美味しいスープは食べられない。この現地感満載のお店で、長いスプーンを何とか駆使して食べてる感じ、これはもうちょっとしたエンタメですよ…そんなことを考えながらアチアチと啜っているうちに少しずつスープが冷めてきて、中の鶏肉も食べられるようになったのだがこれがまたもうたまらなく美味しい。うっとりしながら、しかしやはりアチアチと食べ進めていると先輩が突然挙手した。

「すみません、キムチください」

すると間髪入れずに大きな壺に入ったキムチがゴトンと机に置かれる。その中にはひんやりとしたキムチが入っていて、これがまた…美味い。察しのいい方ならお分かりだろうが、冷たいキムチをくぐらせながら味わうスープもまた本当に美味しいのだ。先輩サスガッス!

落ち着いて先輩とのおしゃべりに花を咲かせられるくらいの温度になった頃、参鶏湯の塩梅はというと餅米ゾーンに突入しておりまた違った魅力を呈してきてくれていた。これがまた美味しい。そして、あぁ、懐かしいのだ!あの日初めて食べた参鶏湯の味わいそのものかどうかはちょっとわからないが、とにかくあの時の感動を思い出さずにはいられない味だった。

なんとかかんとか先輩も私も完食し、大急ぎで職場に戻った。一連の出来事をもしこの冷たい風の日にやらなければ汗だく不可避だっただろう。これだから冬が好きだ、参鶏湯が好きだ。すっかり魅了された私はその日から何度か訪れ、先日ついに食べ終わりと同時に鼻の頭にうっすら滲む汗の気配を感じた。

冬が…終わる。季節が巡る。変わらないものもあるけど、万物は流転するものだ。私はもう韓国コスメのためだけには韓国に行かないかもしれないが、次があるならその時もきっと参鶏湯を食べるだろう。味わいはどんなふうに感じるだろうか。変わろうと変わらなかろうと、ワクワクする。

参鶏湯、大好き。

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