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『三人の逞しい女』 マリー・ンディアイ

2009年ゴンクール賞受賞作マリー・ンディアイ『三人の逞しい女』読了。読み応えある小説だった。内容もそうだがまずその文章表現に圧倒される。冒頭のパラグラフを引用すると、

Et celui qui l’accueillit ou qui parut comme fortuitement sur le seuil de sa grande maison de béton, dans une intensité de lumière soudain si forte que son corps vêtu de clair paraissait la produire et la répandre lui-même, cet homme qui se tenait là, petit, alourdi, diffusant un éclat blanc comme une ampoule au néon, cet homme surgi au seuil de sa maison démesurée n’avait plus rien, se dit aussitôt Norah, de sa superbe, de sa stature, de sa jeunesse auparavant si mystérieusement constante qu’elle semblait impérissable.

« Trois femmes puissantes » Marie NDiaye / Editions Gallimard

そして彼女を出迎えた、あるいはたまたまコンクリート造りの大きな自宅の戸口に出てきたその男、明るい色の服を着た体そのものから発せられているかのように突然強さを増した光に包まれて、ネオンランプのような白い輝きを放ちながらそこに立つその小柄で鈍重な男、ばかでかい家の戸口に不意に現れたその男にはもはや ーーとノラはすぐに思ったーー あの堂々たる威厳が、かつては不思議なことにつねに感じられ、絶対に消えることはないように思えたあの若々しさがどこにもなかった。

『三人の逞しい女』マリー・ンディアイ著 小野正嗣訳 /早川書房

たった一つの文章で一段落、プルーストばりに長いその一文の中に映画を思わせる情景描写と巧みな心理描写が込められており独特のリズムを生み出している。じっくりと向き合うことを求められる文章だからどうしても読むスピードが遅くなってしまうが、その分味わいも深い。原文と訳文を対比させてみると小野正嗣氏の訳文はダッシュ記号や括弧を多用して文章の流れを損なわないように努めているが、やはり原文の方がリズミカル。しかし翻訳は相当難作業だったと思う。

フランスで弁護士の職に就いているノラがセネガルに住む父の元を訪ねる第一章、セネガル人の妻ファンタと共にフランスに帰国したルディの生活を描く第二章、そして夫に先立たれたカディがセネガルからフランスに渡ろうとする第三章、それぞれが緩いつながりを持つ3つの中編小説からなる長編小説。作者マリーの父の国であり、かつてフランス植民地であった西アフリカセネガルが重要なバックボーンとなる。しかし最も長い第二章の主人公はフランス人の男性ルディで題名からするとおやとも思うが、その独善的な行動を通してセネガルから連れてきた妻ファンタが受ける心の傷を抉り出す。さらに特筆すべきは各章末尾に« contrepoint »「対位旋律」というごく短い段落が設けられ、他者の視点から女性たちの思いを浮かび上がらせる。これが劇的な効果を生み物語に深い余韻をもたらしている。

どの章も男性、とりわけ家族(第一章は父親、第二章は夫、第三章は旅の道連れとなった若者)の身勝手さや無理解、裏切りを描き、それと対置する形で女性の苦難、精神的であったり肉体的であったり、や怒り、悲嘆に焦点を当てている。またいずれも結末ははっきりとは描かれず読者の想像に委ねられる。一見タイトルの« puissantes » ”逞しい”という語からは遠いイメージだが、個人的な意見としてはその逆境下においても”誇り高い”女性たち、または作者からの”誇り高くあれ”というエールではないかと思う。各章に出現する鳥たちこそその逞しさ、誇りと自由を象徴する彼女たち自身の姿なのだ。

困難を抱える三人の女性たちを主人公にした小説というと、やはりフランス文学のレティシア・コロンバニ『三つ編み』が思い浮かぶ。カタルシスを覚える結末のあちらも悪くはないけれど、文学的な深みではこちらに軍杯が上がる。モディアノ以来のノーベル文学賞をフランスにもたらすのは彼女かもしれない。

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