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「悪い」と「良くなっている」は共存できる

FACT FULNESSを読んでいる。
先日のnoteイベントで気になって、そこから初めて電子書籍を購入した。
慣れないので電子書籍少し読みにくいけれど、混んでいる電車の中でもスペースをとらずに本を読めて効率がいい。

その中で「悪い」と「良くなっている」は共存できるという言葉が出てきた。
今、例えば学校に通えない女の子の話などはたまに広告やドキュメンタリー番組などで目にする。
教育が普及していない状態は「悪い」。
だけど女の子の学校に通う年数は、20年前などと比べて格段に「良くなっている」。
悪い状態である部分もやっぱりあるけれど、それでも良くなっているのだ。
悪い部分がまだあるから、良くなっているところを見てはいけないとか、そういうことはない。
まだ「悪い」けど、でも「良くなっている」。

このフレーズは、自己に関しても同じだと感じた。
これができないと感じた時に、でもこれのこういう部分ができるから大丈夫だよ、と思うのは、本当に自分が心から大丈夫だと思えているわけではない。
どこか自分に嘘を言い聞かせているかのように響くことすらある。
だけど、これができないけど以前より良くなっている、それは良い状態になれたというわけではなくて、良い状態に少し近づけた、そういう言い方だとどうだろう。
はじめの大丈夫の言い聞かせよりも、嘘がなく受け入れやすく思えてくる。

悪いは悪い。
できていないにはできていない。
だけど、よくなってはいる。
良い状態になれたわけではないし、これで満足していいとかではなくて、ただ以前よりも良くなった、できることが増えた、それが進歩で正しい現実の見方だ。

できないことよりできることに目を向けようとか、言われてもそれが嘘のように感じてしまうなら、できないことはやっぱりできていないけれどそれでも良くはなくても良くなっていると、そう思えたら気持ちが少し、楽になれるような気がした。

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