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【書評】『男と女』、沢木耕太郎のポルトガル

国内外を舞台とした、沢木耕太郎の紀行文の名作の中で、とりわけ深い余韻を残しているのが

個人的にはノンフィクション全集『男と女』に収められている、『鬼火』になる

ポルトガルをリスボンからポルト、ナザレ、サンタクルスを縦断する沢木さんの旅で、その旅は戦後破滅派の檀一雄が愛した土地を求めて追走するかのような旅に他ならない

沢木さんもその冒頭にノートという形で、こう書かれている

”わたしの旅にしては珍しく事件らしい事件が起こらず、しかしいつまでも夢の中を漂っているような、奇妙な浮遊感が残った”

沢木耕太郎

おそらくは夏の終わりから秋にかけての旅だったと思われるが、この『鬼火』ではポルトガルのどの土地でも冷たい雨や霧に見舞われ

古城や石畳の道、遠い岬の果てにはどことなく静かに死の気配のようなものが漂っているのだ

還暦を迎え、初老に差し掛かった檀一雄が、家族にアルコール中毒の不安を抱かせたまま単身サンタクルスへの長逗留に出てしまい

その土地から次々と家族宛に手紙が届く

それは彼らしい精力的な生活の一遍と、自身の健康に対する意識下の不安が滲みでていて、彼がサンタクルスへ向かってからおよそ1年後に妻のヨソ子がサンタクルスに向かうことになる

そのときのリスボンの空港での夫婦の「再会」のシーンが沢木さんの心中で像を結び、ノンフィクションの『檀』が書かれることになり、上梓後に、この『鬼火』の旅が始まることになる

リスボン

沢木さんの透明性のある清潔な文章でポルトガルの素朴な風景が描き出され、古城を棲み処とした蛇や猫に驚き、バルでワインとタパスを楽しみ、立ち寄った海沿いのペンションの女子大生の飼っていた猫は死に、崖から飛び降りて自裁した日本人ライターの存在に慄く・・・

”落日を、拾いにいかん、海の果て”


最後に向かうことになるサンタクルスで見つけた檀一雄の文学碑、この旅の果てに、再びリスボンへ戻るが、雨は執拗に降り続き・・・

読後にいつまでも深い余韻が残る、沢木さんの少し異質な紀行文の傑作


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