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ボイスレコーダーの男①

《拾った男》

 前夜に桜の並木道に仕掛けておいたボイスレコーダーのひとつが見つからなかった。早朝の鳥たちの泣き声を採取してメディアに売っているフリーランスの身としては、そういう機器がなくなると、見つかったときに変な疑いがかかるので心配だった。
 桜の幹の凸凹したところに茶色い布で覆った機器を押し込んで、翌朝その五か所を回収しにいったのだが、一か所の機器が行方不明になっていた。小動物が取り出せるとは思えず、誰かが気が付いて取ったとしか思えなかった。人が通る背面に仕掛けたので、普通は見つからないはずなのだが、幹の湿り気や樹脂などで滑って落ちたのかもしれず、仕掛けた辺りを探していた。
 まだ朝早く、犬の散歩やランニングする人がちらほらいるくらいで、私の行動を気にする人はいまいと、黒い杖で草むらを丹念に裏返した。落ちて転がったかもしれない範囲を一通り探すと腰が痛くなってきたので、一旦休むことにした。

***

 モーニングをやっている喫茶店に入り、回収した四台がきちんと鳥の鳴き声を録音しているか調べた。イヤホン越しに予想した時刻に何種類かの鳥の交流する声が取れ、どことどこを編集した方がいいかメモしていた。
 それに夢中になっていると、混んできたのか、あちこちの席に人影が増えてきて、隣の席にも作業着姿の男が座った。建設現場の作業員だろうと思いつつ、彼が手にしているものを見て驚いた。まさに探していた1台に酷似していた。布をはぐればそれぞれ番号を振っているので、それさえあれば確実だった。
 男はそれを取り出してテーブルにおいて布をはずそうとしていたが、スマホにかかった電話に出て、モーニングセットの場所を広げるのにそのボイスレコーダーをポケットにしまい込んだ。
 彼が再びそれを取り出すまで待たなければならない。じっとメモをするふりをして、彼の一挙手一投足を見逃すまいとしていた。ようやく彼は食べ終えてポケットをまさぐり、機器を取りだすと、布をはぐってじろじろ眺め、それがボスレコーダだとわかると、スイッチをいじりだし、ボリュームを確かめて耳に当て始めた。そうして彼の指の間に見える背面には、赤く「3」という数字の一部が見えた。
 私はどきどきして、どう切り出そうかと考えたが、咄嗟に「それ、どこで拾いましたか?」と話しかけていた。
 男は驚き、私の顔を見て「これですか?」とぶっきらぼうにレコーダーを見せた。
 「すみません、今朝失くしたもので」と私は直截に答えた。
 「あれ?これは私の仕事場に置いてあったのですが・・・」男は私の杖に気が付いて、丁寧な口調になった。
 泥棒扱いされているような気になってはいまいかと、私は名刺を取り出し、その機器の目的を話し、その証拠にこの場で中身を聞いてもらうという話に持っていった。
 私は彼の仕事の開始時刻があと30分ほどあることを確認し、知人に偶然会ったかのような素振りをして彼と同じテーブルに移動した。

***

 機器を手に取り、ボリュームを小さくして再生ボタンを押し鳥の鳴き声を待った。
 唐突に不愛想な男の声がした。「・・・あなたは、今、このボイスレコーダーを拾ってくれた人と一緒に、この録音を聞いていますね」
 声の主が録音からなのか隣からなのかわからなくなり、ぞっとして停止ボタンを押した。向かいの男の皺の多い顔を見た。朴訥そうでもある彼は「これ、いまなんていいました?」と。「手品とかではないですよね」
彼の声とは明らかに違っていた。
 私は、今度は自分が疑われている気にもなり、背面の「3」を確認し、彼に返す言葉もなく、「いたずらかな」と独り言ちて続きを聞き始めた。
 「・・・今、あなたは、裏返して番号を確認しましたが、番号は合っていましたか? あなたは鳥の鳴き声を録音したかったのですよね。・・・残念ですね、鳥の声の前に、私の声が録音されることになりました・・・」
 彼は突然機器をつかんで裏返した。私は何か錯覚の隙間に陥ったような気分が駆け巡った。脅かされた反動もあり、誰の声なのか確認しておきたかった。「すみませんが、あなたが仕事場でこれを見つけたときに、誰かいませんでしたか?」
 「・・・いや、私は朝の掃除当番で、作業場の片付けをしていたら、土台の上にこれがあったんですよ。なので、たぶん、この辺を早朝に散歩していた人とか・・・」私の語気を受け止めるように彼は慎重に答えた。
 私はお互いを怪しみつつ、彼は仕事の時刻を気にしだしたので、彼の電話番号を聞いて、この録音の続きがどうなっているのか、事後に連絡することにした。このまま別れるには中途半端すぎた。

ボイスレコーダーの男①《拾った男》←今ここ
ボイスレコーダーの男②《ホテルでの再生》
ボイスレコーダーの男③《巡りの果て》
ボイスレコーダーの男④《気になる思い出
ボイスレコーダーの男⑤《対話の試み》



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