見出し画像

裁判と晩餐会①

《裁判の段取り》

 大きな敷地に広がる屋敷は何かの展示場のようだった。そこで最も広い部屋の中央に広々としたテーブルがあり、私はそこで繰り広げられている裁判の様子を見ていた。私は裁判を進めるサポートをしており、時間割に沿って、裁判官正面の被告人に対して合図していた。
 裁判は終盤を迎えており、彼が参加者全員に深々とお辞儀をしてお詫びをするシーンがもうすぐだった。それがうまくいかないと、皆不愉快になって帰りかねなかった。彼に左右に気を使うように手で示したが、彼は裁判官の話に気を取られていた。
 「君の罪は君が自覚している重さと比べて・・・」裁判官は、厳かにお決まりのフレーズを話し始めた。時計を見て、あと1分後には、被告人の番になる。私は黒子のようにしゃがんで被告人席のそばまで近寄って「次ですよ」と彼のスーツの尻ポケットを引っ張った。彼は私の手を払いつつ、緊張でズボンがぴったりと張り付いていた。
 「では被告人。最後に皆さんに言うことはありませんか?」
 「あります。最後に皆さんにお詫びさせてください」
 そう言うと、周囲に向かって深々と頭を下げ何度もお辞儀をした。彼は予定通りうまくこなすことができ、私はスケジュールに沿って彼を玄関まで送り、参加者らには、次に晩餐会が始まりますと声をかけた。

***

 一斉にボーイらが現れ、晩餐会が開催される中、私は臨時の裁判官として、小さな区画で子供の裁判を受け持っていた。中央は立食パーティーなので、深刻になる空気もなく、目の前の子供らも、なんでここにいるのか不思議そうな様子だった。
 7歳の姉と4歳の妹が小さなテーブルの向かえに立っており、両親の貯金箱から硬貨を取り出した経緯を話していた。妹はどうやってそれを取り出したか、子供ながらの言い方で得意げに繰り返し話した。話好きなのだろう。途中でお姉さんが妹のほっぺたを両側から引っ張り、もういいんだよ、そんなに話さなくても、と中断させた。
 しかし、妹は、そうした行動は姉に指示されたものだと訴えていた。ほっぺたの痛みが後から効いてきたのか、急に泣き出して、握っていた硬貨を落としながら両手で涙を拭いていた。姉は落ちた硬貨を拾ってテーブルに乗せ、これで全てですと答えた。
 私は「あなた方の罪はあなた方が思っている重さと比べて・・・」と話し始めたが、彼女らは別のテーブルにいる子供らに向かって「終わったよー!」と答えて走り去った。
 順番を待っていた男の子が「もおいいの?」と衝立の向こう側から声を上げた。少し離れた場所でその子の母親がこちらをじっと見ていた。「では裁判を始めます。被告は正面を向いて、自身の罪を告げてください」と時間割の紙に注釈された台詞を話した。男の子はもじもじしていていっかな話さない。時計を見ると予定時刻を過ぎており、「どうしたの?」とその子を促した。
 「おととい、おねしょをしました」男の子は小学校低学年に見えた。「それはわざとですか? それとも我慢できなかったのですか? あるいは、起きてから気が付いたのですか?」時間もないので、早く答えてもらい、簡単に終わらせたかった。
 「寝ている間に気がつきましたが、そのまま眠ってしまいました」「おかあさんへは正直に話したのですね」「はい。でも叱られるので、学校に行くときに言いました」「小学生になってからのおねしょは、あなたが思っている以上に悪いことです。なので、ここでしばらく反省していてください」
 時間割の表には『子供裁判後に催しコーナーの点検』という記述があり、「ごめんね。時間あったら続きをやるから」と、最後の決まり文句を言わずに子供裁判用のエプロン型の上着を脱いで席を立った。

裁判と晩餐会①《裁判の段取り》 ←今ここ

裁判と晩餐会②《催しコーナーの点検》



この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?