旅はいつまで不要不急か。オードリー若林「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」を読んで
オミクロン株が大爆発している沖縄から「旅」について書くのは少し不謹慎な気がするけれど、それでも今、旅が与えてくれるものをもう一度再確認したい気持ちになった。
オードリー若林さん紀行書「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」を読んだからだ。
この本を購入するのは少しばかり勇気がいった。なぜならきっと旅をしたくなるから。そして今はコロナ禍で、沖縄はまん延防止重点措置の対象県なのである。旅なんてとてもできない。
だけど購入に至ったのは、キューバという国を若林さんがどう見たのか、旅を通して何を得たのかを知りたかったからだ。旅ができない今だからこそ、旅から得られるはずのものを本から獲得したい、という期待もあり。
そんなわけで、まぁ旅気分でも味わうか、という気持ちで読みはじめたのだけれど、最初の数ページからもう面白すぎて驚いた。
紀行文は結構好きで、これまでさまざま読み漁ってきたけれど、こんな本ははじめてだった。本書は旅の記録でありながら、若林さんの思考の本でもあったのだ。(もともと思考する人が旅をしたら、こんな風に切り開かれていくのだな....)
旅の目的は「日本とは違うシステムで生きている人は、どんな顔をしているんだろう」
私は以前より、若林さんが家庭教師を雇って疑問を分かりやすく解説してもらっている、という話がとても好きだ。
旅のきっかけは家庭教師とのやりとりからはじまった。
若林さんは、20代の頃の悩みのほとんどが、宇宙や生命の根源に関わる悩みだと思っていたそうだ。つまり「自分はどこかおかしいんじゃないか」と思っていた。
けれど家庭教師から「新自由主義」について学んだことによって、その悩みがシステム上の向き不向きだったことに気づいた。そのことが嬉しくて、そして新たな疑問が生まれた。
「日本とは違うシステムで生きている人は、どんな顔をしているんだろう」と。
そこで旅先として選ばれたのが、社会主義(若林さんが経験したことのないシステム)であり、陽気な国民性と言われるキューバだったということなのだ。
このやりとりに締めくくられて、次のページから旅の本文がスタートする。(若林さんのつなぎのセンス、好き〜)
「日本とは違うシステムで生きている人たち」に焦点を当てた旅
個人的に、文章の面白い・面白くないを左右する大きな要は「視点」だと思う。そして若林さんは、旅の紀行文において「日本とは違うシステムで生きている人たち」に焦点を当てた。その視点と若林さんの見る景色、そして目線が、これがもう面白くて面白くて。
例えば着陸の際、上空から見える真っ暗闇の写真とともに、こんな風に書かれていた。
景色から資本主義を読み解くなんて。旅のゴール設定を明確にするだけで、こんなにも見える景色が違ってくる。
キューバのスーパーで品揃えが極端に少ないことについても、こんな風に書いている。
もっと奥深くて確信的で、私の腹にブスブスと突き刺さった言葉や問いがたくさんあるのだけども、この本をこれから読む方がいたら、大事な文脈ごとネタバレしてしまいそうなので引用を控えることにする。若林さんの文脈で、ぜひ感情を動かしてください。(キリッ)
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それにしても、旅はやっぱいいな。したいな。っていうのが1番の読後感。やっぱり好きだから。旅が。
本を読んで改めて思ったのが、コロナ禍で自分を見つめる時間が大幅に増えたと思う一方で、少し遠い場所から自分を見つめることはできにくくなったのではないかということ。海外旅行に行ったら日本のありがたみが分かったり、恋人と少し離れて数日暮らすことで愛を再確認できたり。そういうやつ。
「距離」により育まれるものが、「不要不急」の名のもとにこの世から抹殺されてしまうのが今はただ怖い。旅行ができる日常が1日でも早く戻ることを願いたいし、コロナ禍で生まれた子どもたちが「旅」を経験できずに年をとっていくような世界にはならないで欲しいなと思った。
最後に、個人的にとても感動したことがある。それはDJ松永さんの解説文だ。
実は私は本の解説文を最後まで読んだことがない。理由ははっきりしていないけど、余韻にひたりたい、時間をかけて自分で解釈したい、明日明後日じわじわと湧くであろうひとつひとつの解釈を味わいたい、ということなんだと思う。
だけど今回は、気付けば解説文を全部読んでしまった。こんなのはじめて。なんでかって松永さんの解説文、もはやラブレターだったから。本についてはほぼ触れられていないw ラブレターが6ページにわたり綴られているだけの文章だった。それがなんか、なんというかとてもピュアな文章で、すごく良かった。
文中「俺は誓いました。あなたのように生々しく生きていこうと。自分の為に。」という文章があった。私はこの言葉がある意味、本の解説のすべてである気がした。
受け取る言葉が多すぎる一冊に、6ページにわたり綴られたラブレター。それがこの本の濃すぎる魅力だ。若林さんのことも、松永さんのことも、さらに大好きになった。旅ができない今だからこそ多くの人に勧めたい一冊。ああ、私もキューバ行ってみたいなぁ。
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