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隣の芝生は青くて、ずるい

ずっと「母は弟の方がかわいいのだ…」と、どこかで思いながら育ってきた気がする。「弟ばっかり贔屓して、ずるい」という感覚は実家で過ごした10代の間、いつもどこかにつきまとっていた。

だから死を待つ母の病床に詰めていた時、弟から「お姉ちゃんばっかり、ずるい」とポツリと言われた時には心底びっくりした。自分はずっと「弟はずるい」と思いながら生きてきたのに、贔屓されていたはずの弟に「ずるい」と思われていたなんて。

だが驚くと同時に、少し嬉しくもあった。自分も弟も、結局は同じように相手を羨む立場なんだ…と思えたからかもしれない。お互いに青い芝生だったのだ、という発見は長年のわだかまりをするりとほぐしてくれるような心地がした。

なんでも、弟の言い分によると「親の良い所は、全部お姉ちゃんが持って生まれた。僕に残ったのはみそっかすじゃ、ずるい…」らしい。しかし、たしかに自分とは得意分野が違うな、と感じてはいたものの。弟のことをそんな風に考えた事なんて全く無かった。自分には時間を掛けてコツコツ地道にやり遂げることは全く向いてないが、弟には備わっている美点である。パソコンに向かってプログラミングで何やら作っているかと覚えば、パーツを集めてスピーカーのアンプを自作などしている。すでに姉の理解の範疇は、軽く超えている。パソコン選びの時だって、いつも弟が相談に乗ってくれた。

だから「全く馬鹿馬鹿しいことで悩んでいるものだ」と、こちらからはそのコンプレックスらしきものが随分と不思議に感じられたけれど。もしかしたら弟からすると、こちらの言い分もそのようなものなのかもしれない。


大人の視点で振り返って考えてみると、子供時代の自分はひどかった。

うっかりしていて、おっちょこちょいで、忘れ物はしょっちゅう。間違えて人の靴は履いて帰るし、無茶と思わず無茶をして何度も骨折だの縫うだのの大怪我をし、身体が弱く季節ごとに高熱を出し、原因不明の鼻血は続き、おねしょはなかなか止まらない、実に手のかかる子供で。そのくせ口は達者で、生意気な台詞で母親には反抗ばかり。好きな本を読んでいる時は集中して、親の声も届かない。読書好きだからインドア派かというと、そうでもなくて。弟を連れてバスで1時間の祖母の家まで徒歩で家出したり、友達と廃校に忍び込んだり、基地を作るのだと山を探検したり、他人様の敷地のタケノコを無断で掘り返したり…と無駄に行動力があって。小学校の宿題は「こんなの出しても出さなくても今後の人生には大差ない。テストと通知表が良ければいいだろう。」と言い張り、気が向かないと出さないという我が儘さ。

叱られるのも当然である。ましてや、母は子供時代クラス委員などしていた真面目なタイプなのだ。「何とかこの子をまともに育て上げねば…」と、その責任感から厳しく接さざるを得なかっただろう。

一方で弟は、やさしく大人しげな子供だった。親戚からは「お姉ちゃんと弟くん、性別が逆だったら良かったのに…」とはそれはもう、何度言われたことか。だから弟からすれば、怒られるようなことばかりしていて「自分ばっかり怒られる」と憤慨している姉の様は、不思議に思えていてもおかしくない。

事実だけを見れば、「弟だけ怒られなくて贔屓だ!!」ではなく。きっと弟は手がかからず、自分が手のかかる子供だったのだろう。当の母が無くなるまで、そんな単純なことにも気づけずにいた。

いや、あまりにこじれすぎて素直に目を向けられなかったのかもしれない。キレた母により、自分だけ食事が用意されなかったとか。子供の頃にコツコツお小遣いで買い集めた漫画を、自分の物だけ全て捨てられてしまったとか。ふつふつと湧き上がる幼い頃に育んだ恨み節が、それを阻んでいたのだ。

しかし母が亡くなって以降、そういった感情は少しずつ整理されてきた。当の相手がもういない、となると新たに感情を揺らされることは決して無い…というのがその大きな理由だろう。新たにくべられる薪がなければ、火の勢いは次第に衰えていく…というのが最もしっくりくる例えになる。過去の火種だけでは、次第に感情という炎は勢いを失ってくる。そうして落ち着いた目で眺め直してみたからこそ、また違う景色も見えてきたのだ。

願わくば、母が生きている間にそのことに気づきたかったものだけれど…そうそう都合良くいかないのも、また人生だろう。それに、もっと仲の良い母娘でありたかった…というのだって。もはやどのような形でも脅かされることが無いからこそ言える、今だからこその言葉なのかもしれない…。



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ユルリラム
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