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日本が「医療費の安い国」でなくなった理由の一つは経済成長の鈍化

前回までの記事で、以前までは日本は「医療費が安くて、寿命の長い」世界がうらやむような医療先進国であったとご説明しました。しかしながら、近年ではそのような日本の地位は揺らぎつつあります。

はじめにほころびがでたのは、医療費の問題です。

2015年頃まで日本の医療費はOECD平均よりも低く、日本は「医療費の安い国」であると思われていました。しかし、2015年にこの状況は一転し、日本のGDPに占める医療支出の割合(GDP比)が11%を超え、加盟国中でアメリカ、スイスに次ぐ第3位という「医療費の高い国」になりました。

(出典:週刊ダイヤモンド、2016年

別に日本の医療費が急に高くなったわけではありません。医療費の計算方法が変わったため、このようなことになったのです。

OECDの「医療支出」は、(1)医療費、(2)介護保険に係る費用、(3)健康診査、(4)市販薬の売上などの費用を加えた概念です。2015年以前は、日本はこの計算に、「通所介護」「訪問入浴介護」「認知症向けの生活介護」などの費用を含めていませんでしたが、2015年のデータではこれらの費用を含めたため、日本の医療費が急激に上昇したように見えるのです。

日本ではこれらの費用が医療支出の計算に含まれていませんでしたが、他のOECD諸国のデータには2015年以前から、これらは計算に含まれており、含まれていなかったのは、日本以外にはアイルランド、英国、フィンランド、スペインだけでした。

つまり、2015年以前のデータでは、日本の医療支出のデータが(他国と比べて)過小評価されており、実際には日本の医療支出は高かったにもかかわらず、それに気づいていなかった可能性があるのです。

そして、2015年以降、日本の医療支出は一貫して、OECD平均よりも2ポイント前後高い水準を維持しています。

しかし、時代をさかのぼってこの数字を見てみると違う景色が見えると思います。1970年から、日本とOECD平均において医療支出を比較したのが、下図になります。

(出典:OECDデータを元に筆者作成)

この図を見てみると、(医療支出の計算方法の変更の影響はあるものの)日本の医療支出がずっと低かったわけではないことが分かって頂けると思います。

実際に日本の医療支出がOECD平均よりも低かったのは、1970年代と1990年代であり、それ以外の期間においてはOECD平均と変わらなかったことが分かります。

日本の医療支出が急激に上昇したタイミングがいくつかあります。

一つ目は1974~1980年頃でこれはオイルショックの時期に重なります。1973年に高齢者の医療費を無料化したことももちろん一因であると考えられますが、経済成長が鈍化していた時期でもあります。

二つ目は、1990年代後半であり、これはバブル崩壊の時期に重なります。

三つ目は、2008~2012年であり、これはリーマンショックが起こった時期と一致します。

日本の医療費は経済成長が鈍化するたびに増加しているのが分かります。これは、GDP比の医療支出という指標が、「医療支出÷GDP」であるからで、GDPの伸びが鈍化すると、上昇する指標だからです。

日本の総医療費は「診療報酬改定率」という指標を使って、マクロで政治的に決定されています。バブル崩壊などで経済成長が鈍化しても、それに合わせて総医療費を引き下げることはしません。そうすると、医療費とGDPの間でかい離が起こります。経済成長が鈍化するごとに、階段状に「GDP比の医療支出」が高くなっていっていることが分かって頂けると思います。

(出典:日本医事新報社、2023年

日本ではあまりやられませんが、実際にアメリカでは医療費の伸びが適切なのかを評価するために、GDPの伸びと比べるということがしばしば行われています。例えば、2003年にハーバード大学の医療経済学者たちによって行われた研究では、医療費の伸びが「GDP+2%」ならば2039年まで、「GDP+1%」ならば2075年までならば、アメリカの医療制度は耐えられると予測したため、アメリカでは医療費の伸びが「GDP+1%以内」であれば妥当なレベルであると一般的にとらえられています。

これらのデータを見て頂いたら、日本の医療費高騰の原因には、医療技術の進歩や高齢化に加えて、経済成長していないことがあることが分かって頂けると思います。つまり、医療費そして社会保障費高騰の原因は、少子高齢化の「高齢化」の部分ではなく、「少子化」の問題であり、生産年齢人口が減っていることが根本原因であると考えられます。

医療技術の進歩や高齢化を止めることは難しいものの、経済成長を政策的に促すことは理論上は可能です。いずれにしても、医療費をそれ単独で評価するのではなく、経済とセットで評価することが重要だということがこれで分かって頂けたと思います。

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