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A Murder in Shinjuku ⑦ 【短編小説】

前回のチャプターは、こちらです。


24.
まんがカフェに通う習慣を作った。中学生だったとき好きだった少女まんがとホラーまんがを読み返すことが出来た。昔、もっと幸せだったときを思い出すかもしれないと考えていた。でも、何も結果が出なかった。まんが読んでいると、現在の情けない人生が頭から離れない。この事実からは逃げる方法がないようだ。

毎日、テレビでドラえもんが放送してて、ついつい見ていた。

ドラえもんを見ると、懐かしいこともあって、ちょっとだけ悩みごとを忘れることができた。

どこでもドアがあったらいいな。

遠い場所へ一歩でいける。ハワイでも、オーストラリアでも。

タケコプターがあったらいいな。

地上から足が浮かんで、空を飛べたら自由を味わえるかも。

タイムマシンがあったらいいな。

大昔にいったら、ペースがもっとゆっくりで生き易いだろう。

未来にいったら、もっと便利な世界で生きれるだろう。

まんがカフェへ寄って、現実逃避に挑戦した。ドラえもん読むんだ。

タイムカードが切れて、まんがカフェの時間が終わった。このあとはお家しかない。その静かで寂しい部屋へ戻りたくない。でも、行ける場所はそれしかない。今日も夕飯抜きで眠ろうか。しばらくお風呂に入っていなかった。もう、全てが憂鬱で、何もやる気が出ない。


25.
そして、いつものような汚いゴミ屋敷の部屋に帰った。雑誌と弁当箱の山とテーブル、洗ってなかった皿が流しに重なってて、そして仕舞ってなかった布団が床に敷いていた。全て、出かける前のままだった。ただし、何かが違う。私は部屋の中で一人ではなかった。部屋の角に誰かが立っていた。小川のカノジョ。あの、鬼婆が一緒にいた。

悪夢か幻覚だと思った。なぜ、お前がここに?

カノジョが一歩近づく。

「ずっと、待ってたわよ」

冷たくて鋭い声。

全く何が何か誰が誰か、自分がどこにいるか、何が起きているか、意識が現状から数秒遅れているように、何もかも分からなかった。頭が真っ白。白雲頭。黒い雲か…

「あなた、私の彼とどういう関係があるの?」

え?

何も声が出てこない。何を聞かれたかよく分からなかった。どうやって部屋に入ったのも分からなかった。

「なんの話ですか?」

もしかしたら、鍵を閉めなかったかも。

「私の婚約者を知ってる筈だよね」

婚約者?あの二人が結婚する約束までしてたのか。

「一緒に飲み屋さんとかに行ってるのって、そうでしょう?」

「私達、なんの関係もないです」

それは真実だった。だって、私の気持ちは片思いだし、小川は私のことをただ隣の部屋の人だけだった。それを認めたくなかったが、それが真実だった。

「嘘吐くな!」

カノジョが近づいてきた。脅かされたごとく、壁に背中を寄せて床に沈んだ。丸っきり怖がった子供みたいだった。女に打たれた。痛い。この痛い感じで、ようやく小川と同感できるようになったのか。

「こんなことして、許せると思ってたの?」

カノジョは髪を掴んで引っ張った。痛いのは当たり前。叫んだ。頭を床に押された。全身が投げられた風に布団の上に落ちた。カノジョが色々な酷いことを言いながら、言葉の虐待が降ってきた。

次、何が起こったか正直分からない。これは本当のことを言ってる。何もよく覚えていない。

カノジョがもう一度髪を引っ張った。叫んだ。打たれた。そんな感じ。

カノジョはもう一回打つ体勢を取った。

その時、相手のことを憎んではいなかった。ただ、恐怖だけだった。

「もう、私の彼に近づくな」

そんなことを言って、部屋の出口の方へ体を向けた。いや、よく見ていなかった。私の目線は床の方に向いていた。カノジョがどっち向いていたかはっきり覚えてない。

同時に、私の手は床に置いていた何か固い物を握った。

その時、バラバラ事件のこと思い出した。私はそうなるのか、と思った。ここで、この悪女に首が絞られて、死んでから、死体が小さく刻まれて、分割した死体を一部ずつ川に捨てられるのか。それは嫌だ。嫌だ。

私は立ち上がり、ハンマーを両手で握って、野球バットみたいにスイングした。一度目はミス。二回目、今度はパワーを入れて、カノジョの方向をよく見て、も一度、スイング。今度はハンマーが何かに当たった。カノジョはすぐ床に落ちた。バタンと。ドラマではよく打たれた人はスローモーションで倒れるけど、現実では体は重くて一秒もない間に倒れるのだ。

数分、自分が何をやったか分からなくて、そのまま立っていた。二分か三分全然動かなくて、ハンマーも手に持ったままだった。

その間に、深紅の血液が床に広がった。大量の血だった。この部屋は血の海に飲み込まれるところだった。

26.
強く握り過ぎて、ハンマーを持っていた手が痛く感じていた。夥しい量の血が床の上のプールを見ると、恐ろしい感情がじわっとした。沈黙が長引いた。自分の息だけが聞こえた。何分後が分からないけど、ようやく動き出して、まずハンマーを床に落とし、次にカーテンを閉めた。外の景色を見たくなかった。外の人にも見られたくなかった。この部屋で今さら誰かが死んだ。道路の反対側は日常通りに、何かの事務所で、普通に事務仕事をしているなんて、可笑しく感じた。 

電気を付けて、横になっているカノジョさんを確認するように検査した。死んではないよね。信じたくなかった。だって、私なんか小柄な女子なのに、ハンマーを振り回したっても、そんな力は入らない筈だ。

そして、生きてたらどうしよう。

生きてても、ハンマーで頭を殴るなんて犯罪じゃないか。重い罪で刑務所に連れられる。刑務所なんかには行きたくない。

じゃあ、殺すか。

でも、ころしたらもっと重い罪になる。

どうしよう。どうしよう。

『逃げるんだ』

頭の中に声が聞こえた。それは自分の声だとは思えない。音色が全然違った。

これは天使の声なのか。天から下りてきて、私に忠実してくれた天使なのか。慈悲深いなにものが私を救ってくれるのか。

それとも、これは悪魔の声か。

どちらでも、いいのだ。

まず、逃げろ。

逃げるんだ。



(つづく)



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今日のカバーはjustinonealartという画家の作品を借りました。インスタグラムのページに訪ねて下さい。ホラーのモチーフが多く、きれいな作品が載っています。
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