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【映画所感】 月 ※ネタバレ注意

鑑賞後すぐにでも、誰かに聞いてもらうなり、文章にしてみせるなりしないと、自分が保てないような映画

絶えずスクリーンから「おまえならどうする?」と、問いかけられているようで、ひとときも気が休まらない。

2016年7月に神奈川県相模原市で発生した「相模原障害者施設殺傷事件」(津久井やまゆり園事件)が、本作『月』のモチーフで、原作は辺見庸の同名小説。

大量殺人を犯すことになる元施設職員、通称さとくんを磯村勇斗が狂おしく演じてみせる。

さとくんが、新人職員で元作家の堂島洋子(宮沢りえ)の心を徐々に侵食していくさまは、同時に観客の心をも蝕んでいく。

彼が時折口ずさむ『東へ西へ』(井上陽水)は、劇伴の少なさと相まって強く印象付けられた。

「ガンバレ、みんなガンバレ、月は流れて東へ西へ〜🎵」

いったい誰に対しての励ましなのだろう?

劣悪な環境で入所させられている重症心身障害者なのか。
その障害者を殺すことを肯定する自分自身に対してなのか。

この映画、センセーショナルな事件そのものを掘り下げるというよりは、堂島洋子やさとくんはじめ施設の同僚たちやその周辺の抱える問題に切り込んでいく。

個々人の立場はやがて、施設そのものの矛盾や社会のあり方にまで一石を投じる。

主人公、堂島洋子は新進気鋭の売れっ子作家だったが、子どもが低酸素脳症で重い障害をを抱えて生まれてきた。

献身的な介護の甲斐も虚しく、息子はわずか3年でこの世を去ってしまう。この出来事は、彼女と夫の堂島昌平(オダギリジョー)に、耐え難い喪失感を植え付ける。

書けなくなった洋子の新しい職場の先輩職員、坪内陽子(二階堂ふみ)も人知れず悩みながら日々、様々な障害者と向き合っていた。

自らも小説を書き、世に出ることを夢見ているが、なかなか認めてもらえないジレンマ。

家父長制を絵に描いたような両親との関わりの息苦しさも相まって、プロの作家である洋子に対する嫉妬と羨望が増幅していく。

ストップモーションアニメ制作にのめり込む堂島昌平や、絵の才能を開花させられずにいた、さとくん。

本作『月』は、アートを創造することで、置かれた現実から逃避する「クリエイター残酷物語」の側面も持ち合わせている。

生産性を伴わない芸術活動は、世間から忘れ去られている障害者の実情と深くリンクしているようにも思えた。

どうして重度の障害者たちが入所、利用する施設が人里離れた森の中に建てられているのか?

先進国だといわれるこの社会は、見たくないものは見えないようにするし、その存在すらも考えないようにさせる。

当事者にならない限り、いつまで経っても対岸の火事なのだ。

ハンセン病患者の隔離政策から、その本質はなんら変わっていないのではないか。

表向き、多様性を受け入れる世間に開かれた顔をしておいて、森が暗闇に包まれると、施設はさながら収容所へと変貌。そのおぞましい素顔を見せ始める。

一部の職員は日頃の鬱憤の捌け口として、入所者を餌食にし、看守と囚人のように、圧倒的な権力差でもって抑えつける。

真っ暗な部屋の中、てんかん発作を持病に持つ入所者に対して、懐中電灯を素早く明滅させるなど、拷問以外の何物でもない。

森の奥で「スタンフォード監獄実験」は連日繰り返されているのだ。

おそらく何年も、何十年も。

さとくんが犯行に使用した凶器の中に草刈り鎌があった。握り手の先から出ている刃がぐにっと湾曲している。

湾曲した刃は、長年施設の虐待を、静かに夜空から眺めていた“三日月”のメタファーなのだろう。

身勝手な論理で他者の“命の選別”をする愚行。

だが、「出生前診断と何が違うのだ」と主張するさとくん。

差別や偏見には正しい知識で対抗するしかない。

“きれいごと”と、ひとことで斬り捨てられたとしても…

歴史と科学を正しく学べば、優生思想の矛盾と間違いには気づくはずだ。

しかし、手取り17万円にも満たない基本給で、過酷な労働を強いられている施設職員にも障害者同様、適切なケアが必要なのはあきらか。

障害を持った人が安心して眠れて、平穏に次の日の朝を迎えられる保証のためにも、いますぐ賃金を上げていただきたい。

一世帯につき7万円を配る施策が通るのであれば、福祉や介護業界に巣食うタブーにこそもっと目を向けるべきではないのか。

もちろん給付されるものを拒むことはしないけれど…

そんなことをつらつらと頭の中で考えながら車で帰路につく。

iphoneを通してスピーカーから流れてくる「人間椅子」の最新アルバム『色即是空』

コロナ禍を挟み、ここ数年で日本語ロックの最高到達点にたどり着いたイチ推しのHRバンド。

5曲目『狂気人間』のサビが全身を貫く。

嬉しいなら 笑いたい
悲しいなら 嘆きたい
悔しいなら 叫びたい
寂しいなら 騒ぎたい
なぜなら私は 人間 おぉ〜♬

映画『月』を観たすぐあとに、この曲を聴けたことに浅からぬ因縁を感じる。

公開規模の小ささに抵抗するかのように封切られていた、郊外のシネコン。

大阪湾の潮風を感じながら空を見つめてみたけれど、まだ“月”が出るには少し早い時間のようだった。


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