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元精神障害者相談支援員として、大阪の精神科クリニックの火事について思うこと。

大阪で、痛ましい事件が起こった。
就業支援や復職のためのリハビリ等、まさに私が今目指している分野を行っていたクリニックでの火災。そして医師などのスタッフや患者さんを含む多くの死傷者を出す結果に至ったこと。事件が起こるまでこの病院の事は知らなかったけれど、Webサイトを通して取り組みや、設立の意図を見れば見るほどなんと惜しいことかと思い、巨星が一つ消えたかのようななんとも言えない気持ちになる。

✳︎身を守ることと仕事とを両立させる事の難しさ✳︎

私がケースワークで受け持っていた方の中には、過去複数回に渡り配偶者もろとも自宅に火をつけて火災を起こした事のある人もいたし、100錠近くの薬剤を服用して自殺を図った事のある人も複数いた。

急性期を過ぎたとはいえ、特に任意での入院の場合、本人が退院を希望したから退院したものの、まだまだ不安定な方も少なからずいて、退院直後の方の自宅を一人で訪問するのは、なんとなくゾッとする感じや気が抜けない感じがする時もあり、内心結構危険を伴うと感じていた。

なので、私は自分なりに色々配慮はしていた。もちろん同僚の中には気にしない人もいて、私が神経質すぎるのかもしれない。でも例えば自宅を訪問した際に、一見病状が落ち着いていてご機嫌でお茶を出してくださったりする事も、私は薬剤も含め何かを入れられている可能性も否定できないと思い、口をつける事は一度も無かった。

そして、使い捨てスリッパとビニールと替えの靴下はいつも持ち歩いていた。あと、何よりアセスメントやモニタリングでお話を伺う際に座る位置も、出来るだけ出口に1番近い方に座るようにしていた。「いやいや、とんでもない!とりあえず今日は年功序列で!」「スミマセン、下座が落ち着くんですよー」「いや、もう、すぐ帰るんで!」とか適当な事を言っていたけれど、本当は意識的に万が一に備えて出口に近い場所で、しかも敢えて正座をせず、すぐに立てる状態にしていた。

別に利用者さんを信用していないわけではない。だけど、本人の人格とは関係なく病状が原因で、人を信用できないと思わずにはいられない状態に陥る可能性がある以上、良きにせよ悪しきにせよ、あらゆる可能性に備えておくべきだと私は動物的勘で感じていたので、私は個人的にそうしていただけ。

でも今回、ニュースを見て「防御するにも限界がある」と改めて感じた。

✳︎信頼だけではどうにもならない時もある✳︎

例えば動物園や水族館で、飼育員さんが担当しているシャチやライオン等の動物から食い殺される事故がしばしば起こる。あくまでも想像だけど、食い殺された飼育員さんも、担当する動物との間でそれまでビジネスライクに餌をやり、掃除をしていただけでなく、その合間合間では、おそらく心が通じ合ったと感じられる瞬間もあったと思う。

でも、結果的には何かの拍子に相手の動物的な何かが目覚め、突然思いがけない行動を取り、結果命を奪われてしまった。

動物園や水族館と比較するのは不適切かもしれないけれど、実際、私の担当した方の親御さんの中にも精神疾患を抱えている方もいて、私がどれだけ一生懸命相手の希望に沿って取り組んでも、そして一時的にはうまくいっていても10回以上ドタキャンを繰り返し、引き受けてくれるヘルパー派遣会社も次々離れていき、私に対しても「シングルマザーの私が病気で発達障害の子供を抱えていて、若くて未婚のあなたが健康で身軽でいる。アンタを見てるとムカつく」と言い、数ヶ月に渡り、嫌がらせをしてきた方もいる。

この案件は、結局私一人の力ではどうにもやりようがなくて、担当を外してもらう以外なす術が無かったし、あの状態で恨みを買わずに済む方法は正直無かったと思う。実際のところ、私の実年齢や健康であるかどうかは見た目には分からないし、私の健康や私を傷つける事とその方の健康との間に相関関係は無い。辻褄が合う合わないは関係なく、要は感情の問題。

でもそういう風に考えられないほど視野が狭くなる事自体が病気で、常に「逃げるか戦うか」のピリピリと緊張した2択状態なのでどうしようも無い。だから例えば「ムカつく。許せない」と暴言を吐いてきた彼女の手の届く範囲に刃物や鈍器があったとしたら、私は無事に逃げ切れたかどうかは分からない。

✳︎トラブルを起こすのは人格ではなく病気✳︎

他にも私が担当していて実際に体験したのは、利用者さんの中には過度に依存的だったり、視野が狭くなっていて「甘えたい」「構って欲しい」「私の話を聞いて」「私を特別扱いして」「私を助けて」という思いを強く持っている人もいて、例えば少し待合室が混んで診療時間が本人が思うより短かっただけでも「寂しい」とか「不安」「悔しい」との思いが膨らんで、ごく些細なことからトラブルになったり、受付の人の言葉尻を捉えて、「私を雑に扱った」と捉えて突然暴れたり、口論になったり、帰りに乗ったタクシーの運転士との道順のやりとりがスムーズに行かなかった事で人が怖くなり、泣き叫んで玄関から外に出れなくなったり、状態が悪い時に私が訪問すると、妄想ゆえに居留守をつかったり警察に通報されるといった事もあった。

大体のトラブルは間に入ってそれぞれの話を聞くと「考えすぎ」とか「なんじゃそりゃ」の一言に尽きるようなほんの些細なこと。そして話を聞いても辻褄が合わない所やツッコミどころ満載。でも、本人は大問題だと捉えていて「死んじゃう」「今すぐ来て助けて」と一日中助けを求めて電話をかけてくる。だから私が自分のスマホの着歴は、あっという間にその方からの着信で埋まる。そして翌日にはケロッと治る。そういう経験を積む度に、「あぁ、こういう風に何でもない些細な事が大問題としか捉えられなくなるほど視野が狭くなる事こそ、まさに病気なのだろうな」と私は感じていた。

だから正直、精神科とトラブルは親和性が高い事は否めない。と言え精神科への世間の目はまだまだ誤解があまりに多い。

✳︎精神科への誤解✳︎

精神科には付き添って大小何件か行った事があるけど、どこも大体診察室は殺風景で、せいぜい話をザクッと聞いて薬を出す位だし、ものすごく地味。危険を防止する為に敢えて殺風景だという面もあるけど、他科と比べても圧倒的に物が少なくて診察室もパソコンと椅子と机くらいなので、何も知らない人や断片的にしか知らない人から見れば「薬漬けにしてる」「話を聞くだけで何の意味があるの?」「占いと同じ」と誤解するのも否めないと思うし、正直胡散臭いと思う人が居ても多少は仕方ないかもと思う。

それにもし街中で、ブツブツと一人で喋り続けている人を見たらヤバいと思って避けるのが普通だし、そういう人が集まっているヤバイ場所と誤解する人が居たとしても、(実際は外来で「一人でブツブツ喋る人」と遭遇することは滅多にない)実情を知らなければ仕方ないよな、と正直思う。

✳︎本当は身近な心の病✳︎

でも、今回焼けた病院のように、心の病も適切に治療したりリハビリすることで社会復帰する人も少なくない事は確かだ。

実際今の時代、心の調子を崩すことは誰にでも起こりうることだと思う。実際、2013年、厚生労働省は、それまで地域医療の基本方針となる医療計画に盛り込むべき疾病として指定してきた、がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病の4大疾病に、新たに精神疾患を加えて「5大疾病」とする方針を決めた。

だからもしかしたら、案外精神科を否定する人を悩ませている飲酒の多さや部下とのトラブル、下痢や動悸や過食や不眠も、案外原因はストレスかもしれない。

だからこそ、もっと精神科を身近に。そしてこの事件を機におかしな偏見が広まらない事を祈る。そして多少の病気やトラブルを許容できる社会的なゆとりを取り戻せる世の中になる事を心から願う。

※尚、上記の症状がある場合、厳密には担当科は「心療内科」。でももし心療内科の予約が数ヶ月先しか取れない場合、体調不良については睡眠楽も含め、内科で対応してもらえるので、とりあえず心療内科の予約をし、並行して内科にかかり、内科で処方された薬で心療内科の診察までの時間をしのぐのがベストだと思う。

そして、芸能人の自殺も相まってワイドショーが殺伐極まりない状態になっている昨今、もし調子を崩している方がいれば、今すぐTVとインターネットから離れて、風の冷たさ、雪の美しさ、空の美しさに触れてもらいたい。

花鳥風月こそが、心が疲れた人に最も不足している要素だと思うから。

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