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繭の天使 〜イラスト:蒼(あお)×小説:ジコマンキング〜

とある無謀な冒険家はこんなことをほざいた。ある大陸の黒い木々が生い茂る森の中に天使がいたと。あくまでその冒険家がそう形容しただけで、深く話を聞くと天使と呼べるのかはわからない。黒い木々に糸を張り巡らせ、その糸が幾つも折り重なって人型の繭を形成しているのだという。頭部には輪のようなものが付いており、顔はただ闇に覆われている。たったそれだけの理由で天使と名付けられたそれは、全くの無害であるが近づくと視線を感じたという。その無謀な冒険家の息子は父の冒険譚を全て信じていたが「繭の天使」だけは信じなかった。名付けが気に食わなかったのではない、それ程までにおぞましい造形の生き物が無害なはずがないと考えていたのだ。そもそも、あのお喋りで数々の生き物を倒し前へ進んできた父がその天使の事だけよくわからなかったと言っていたのも納得がいかない。無謀な冒険家の息子はやがて大きくなり冒険家となった。最初の旅の目的地にしたのは繭の天使がいたという黒い森である。


若き冒険家はあっさりと黒い森にたどり着いた。途中苦難はあったものの、父から聞かされていた話に比べればどうという事はない。優秀な父を持つと、その度量は息子にも受け継がれているのだろう。若き冒険家は軽めの荷物を背負い堂々と森に入っていった。


黒い森は拍子抜けだ。黒い木々が生い茂っている以外は普通の森だ。獣の遠吠え、鳥のさえずり、そして口にできる植物や果実。ここに来るまでの出来事の方がよほど苦労した。それ故に若き冒険家の腹には退屈が渦巻いていた。冒険家としてなんとつまらないことか。そう感じながら甘い果実を頬張っていると、冒険家は素早く身構えた。何かの視線だ。ほんの僅か向こう側の木に何かいる。近づいてくる素振りはない。若き冒険家はその視線の先へジリジリと距離を詰めていく。まさか、そんな事が。若き冒険家の目の前にいたそれは、とある無謀な冒険家の話と同じであった。黒い木々に糸を張り巡らせ、その糸が幾つも折り重なって人型の繭を形成している。しかも頭部には輪のようなものが付いており、顔はただ闇に覆われている。間違いない、これが繭の天使である。確かに、近づくにつれてさらに視線は増す。こちらを覗いていたのはこいつで間違いないだろう。しかし獣のように吠えるわけでも、山賊のように襲ってくる事もない。だが若き冒険家はそんな繭の天使を眺めに来たのではない。父の言葉が偽りであると証明にきたのだ。見るからに化け物のこの天使が無害な訳がない。若き冒険家は荷物の中からツルハシを出し繭に突き刺した。さぁどうだ、抵抗してくるがいい化け物。若き冒険家は逃げも隠れもしない。だが繭は全くの無傷であった。このおぞましさで抵抗してこないとは。若き冒険家はマッチを取り出し繭に火をつけようとするが、燃える素振りはなくむしろ自分の手が火傷してしまった。その後も幾度となく色んな事を試すが、繭の天使は全く動じない。若き冒険家は諦めてその場に寝転んでしまう。父の言った事は本当であった。この世にはおぞましくとも無害な化け物はいる。怖がりもせず、逃げもせず、仲間を呼ぶわけでもない。どんな攻撃にも耐えれるからであろうか。いや、もう父の言葉を疑うのはよそう。話は全て本当だった。優秀な父でも嘘をつき、臆病な一面を持っていて、自分よりも劣る部分があるとただ証明したかっただけの話だ。若き冒険家は初めての旅で何かが折れかけていた。その時だ、繭から何かが聞こえる。


「こんにちは。」


繭の天使が喋った。女の声だ。若き冒険家は慌ててツルハシを手に取り身構えたが、繭の天使は慌てた声で止めようとする。慌ててはいるが繭の天使はピクリとも動かなかった。若き冒険家は繭の天使に語りかける。お前は何者なんだと。すると繭の天使は呪いにかけられた人間だという。おぞましい姿とは裏腹になんと優しい声であろうか。若き冒険家はひとまず詫びた、傷つけてすまぬと。繭の天使は笑いながら許した。呪いのせいで全く痛みなどなかったと。


その後若き冒険家と繭の天使は他愛のない話をした。若き冒険家は思った、何故自分は化け物と会話しているのかと。しかし繭の天使と話していると先程の殺伐とした感情が消えていく。それこそ罠なのではないかとも思ったが、若き冒険家は今父の存在に敗北してしまっている。なんかもうどうでも良かったのだ。繭の天使が若き冒険家の表情を察したのか、何故そんな暗い顔をしているのかと尋ねると、若き冒険家は洗いざらい話した。


「父の冒険話は全て信じたが、お前の存在だけは信じなかった。父の話が嘘だという事を証明したかったが、全て真実だった。俺に父を超えることは出来ない。」


繭の天使は若き冒険家をむしろ褒めた。あなたにはお父様にはない探究心と勇気があると。繭の天使も父を覚えていたようだが若き冒険家はその褒め言葉を聞き入れられなかった。すると繭の天使からこんな提案をされた。


「私の呪いを解けばあなたはお父様を超えられる。呪いを解くのは簡単です。私の頭部に手を入れて私をここから連れ出してください。そうすれば私は世界に戻る事が出来ます。」


確かに素晴らしい提案だ。どうやら無謀な冒険家は呪いを解けるほど勇敢ではなかったらしい。そうだ、繭の天使を殺す必要はない。不気味で無害、それ以上の情報を持ち帰る事が出来れば自分は父をほんの少しばかり超えられる。若き冒険家はそう信じて繭の天使に手を伸ばそうとしたが急にそれをやめた。いくつかの不安が頭をよぎったからだ。まず繭の天使の呪いは解いて良い物なのか。解くのは恐ろしく簡単だが、中身が安全かどうかはわからない。もしかしたら封印を解かせる為にわざと優しく声を掛けているのかもしれない。それに繭の天使の話は父以外から聞いた事がない。他の冒険家達は、もしかしたら繭の天使に騙されて食われた可能性はないだろうか。異様に知能の高い生き物なら不可能な話ではないし、このお淑やかで優しい声、世の男ならつい魅了されてもおかしくない。何より、あの無謀な冒険家と呼ばれた父なら呪いを平気で解こうとするはず。それをしなかったという事は、父は勘で危険を察知したのだろう。若き冒険家はその場を離れ繭の天使に背を向ける。すると繭の天使はこんな事を呟いた。


「あなたも臆病者でしたか。死を恐れて冒険家とはなんと幼稚でしょう。」


若き冒険家は再び繭の天使に近づき手を伸ばす。自分を侮辱された事に腹が立ったのだ。元々、化け物など殺して前へ進むのが冒険家の常である。若き冒険家はこの女を引きずり出してやろうと繭の闇の中に手を入れ、闇の中の何かを引っ張った瞬間に、最後の言葉が聞こえた。


「繭は、あなたと共に、、、。」


若き冒険家の手に握られていたのは骨だった。それも酷く劣化して驚いた拍子に落としてしまったが、地面に落ちる間に砂と化していた。そして繭の原型が崩れ中から人の骨が出てきた。これが繭の覆っていた何かの正体。その後何かに襲われる事もなかったが、若き冒険家は急な悲しさを覚え、声を荒げて天使を探して始めた。自分が殺めてしまったのではないかという恐怖に駆られたのだ。結局孤独になり繭の天使が何者だったのか最早わからなくなったが、若き冒険家は残った繭を集めた。最後に聞こえたあの言葉を叶えてやる為に。


若き冒険家はその後、天使の繭でマフラーを作った。白と黒が混じる不気味な色合いであるが、これを巻いていると、どういう訳か命の小ささと偉大さを思い出す。繭の天使を殺めたこと、冒険家が死と隣り合わせであるという事実、そして怒りや無謀は時として勇気とされる風潮。あらゆる思考が渦巻く中で、若き冒険家の旅は父を超える為でなく、己の勇気を試すものと考えた。そして若き冒険家は繭のマフラーと共に新天地へ赴く。己の勇気を確かめる為に。あの黒い森から解き放たれた彼女に、広い世界を見せてやる為に。

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1人の女が醜い世界からの断絶を図り、繭の呪いを自らにかけ、無と同様の存在になった。呪いを解くには繭の世界から現世に引き摺り出す事。自らかけた呪いに反するという事、それは当然死を意味していた。


繭の天使は黒い森でただ眠り、たまに世界に視線を向ける、虚無以外の表現が見つからない程の存在と化していた。どの冒険家も繭に近づく事はなかったが、ある日無謀な冒険家が黒い森に迷い込んだ。無謀な冒険家に心を奪われたしまった繭の天使は不覚にも話しかけてしまう。無謀な冒険家は最初こそ怪しがっていたが、気がつけば繭の天使と親しげになっていた。繭の天使は無謀な冒険家に呪いを打ち明け、解放してほしいと願い出た。無謀な冒険家は真っ直ぐな心の持ち主であったため、闇に手を伸ばしたがすぐにやめた。無謀な冒険家はある提案をする。


「今ここであなたを解放するのは簡単だ。だが私には冒険家になりたがっている息子がいる。私に似て前へ進む為にありとあらゆる障害を排除しようとするはず。探究心の大きさがそうさせるからだ。あなたの話をすれば、息子は私を超えようとここに来る。あなたを殺めるのは息子に任せたい。私があなたを信じきれず臆病なのと、息子に冒険とはなんなのか学ばせたいからだ。」


無謀な冒険家がここに来るまでに数々の命を殺めて進んできたからこその提案であろう。繭の天使はそれを受け入れ、自らを臆病と呼ぶ冒険家の背中をじっと見送った。


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イラスト:蒼(ああ) (Twitter:@aooomi_ao)

小説:ジコマンキング

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今回のコラボ小説はいかがでしたでしょうか?今回の小説の元になったイラストは蒼(ああ)さんが書いた『天使』という作品になります。私的にイラスト、設定共にダークな印象を受けたのですが、それを少し崩した世界観で今回小説のストーリーを考えさせていただきました。蒼(ああ)さん並びに視聴者の皆様にとって良い作品になっている事を願います。この度はコラボいただきありがとうございました😊

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