宇宙人ビンズと機械惑星の大怪獣

この物語は、惑星テコヘンがありとあらゆる星々を調査するために結成した「惑星調査団」に所属する能天気な宇宙人ビンズと、その友ベーリッヒの活動報告である。


やぁ諸君、テコヘン惑星調査団ベーリッヒだ。今は宇宙船にて相棒のビンズとチェスに興じている。仕事をサボっている訳ではない。目的地に着くまで時間が余っているのだ。しかし妙だな、ビンズがチェスをしようと持ちかけてくるのは。普段ならテレビゲームなのに。ビンズよ、私の駒を勝手に取るんじゃない。イカサマは良くないぞ。


辿り着いたのは惑星メカラル。つい十数年前までは自然あふれる星であったが、今ではその8割が機械で覆われている。メカラル星人が自然産業から工業へ急なシフトチェンジを行ったためだ。確かに、自然由来の鉱物や鉄なんかがわんさかとれる星であったが、私から見ればあまりに極端な話だと感じた。どうせなら半分半分にしておけば良かったものを。今ではメカラルで吸う空気は本当に僅かだが変な味がする。いつもはどの星でもはしゃぎ回る相棒のビンズが、「なんか不愉快やわ。」という顔を隠しきれていない。さっき買ってやったフライドチキンやジュースも美味しくないらしい。


前はもっと美味しかった、、、。


ビンズのこの言葉には少し同情できる。我々がまだ新米だったころ、この星で植物の調査を行っていた。仕事終わりにビンズがこの星の料理を旨そうに食べているのを今でも覚えている。比較的グルメなビンズが絶賛した味は、もうこの星にはないのかもしれない。何よりメカニル星人がひどく変わってしまった。依然は露出度の高い衣装を着ていた原住民族のような感じだったのに、今では機械のスーツを身にまとっている。ビンズはそれを見てちょいちょい「メカニル星人の服ダサくね?」と囁いてくる。やめろビンズ、本人たちの前で笑ってしまう。


今回メカニル星からの依頼でこの星に赴いたのは他でもない。とある生物の調査依頼である。その名を「ポポドン」という。わかりやすくいえば怪獣だ、全長は大きくても7〜10メートル、頭に2本と鼻の上あたりに1本の角がある体の赤い二足歩行で活動している。ポポドンは惑星メカニルだけの生物ではない、意外と色んな惑星に分布している。ちなみに、我々テコヘン惑星調査団はこういったどこにでもいそうな怪獣を「ポピュラー怪獣」と呼んでいる。おまけに怪獣とはいっても、ポポドンは比較的大人しい怪獣だ、パワーは確かに岩なんか簡単に壊せるほどだが、こちらから何もしなければ襲われる事なんかない。なんだったらぬいぐるみも売ってるぞ。しかし我々がメカニル星人から聞いたのは従来のポポドンよりも大きく気性が荒いらしい。にわかに信じがたいが、進化の過程で何かあったのかもしれない。我々はメカニル星の都市を一旦離れて目撃情報のあった森に向かう。


ビンズは大変嬉しそうだ。森の方が遥かに空気が美味いからだろう。まぁ、都市で情報収集していた時よりは体が軽いのは確かだ。それでも水や空気の汚染は僅かなら進んでいるようだが。妙だな、進むたびに生き物たちが減っていく。そして何かに近づいてる気がする。少しずつだが、一定のリズムで強風が吹いてくる。これは、呼吸だろうか。異変を察知したビンズも光線銃を取り出す。やはり、何かがいる、我々は確実に近づいている。そしてそれはそこにいた。うつ伏せで横たわるポポドンだ。しかも本当に大きい、どう見積もっても全長は50〜60メートル以上あるだろう。まるで生きた山が横たわってるようだ。目は開けているが寝ているというより、少し弱っているのか。しかも、ポポドン特有の綺麗な赤い体ではない、ところどころ錆び付いているかのような色合いだ。確かに、我々の知っているポポドンではないようだ。どういう理由でここまで大きくなったかは知らないが、たかが10年20年で生き物がここまで姿形を変えられる訳がない。そうだ、もしかしたらコンタクトが取れるかもしれない。大きな生き物というのは体の大きさに比例して脳味噌も大きい。ポポドンも元々知能の高い怪獣だったからな。怪獣は他の種の怪獣を毛嫌いする傾向がある。そんな敵の多い世界で多く分布できるのは、ポポドンが敵を作らないために争いを意図的に回避する怪獣だからだ。私はコンピューターを取り出して信号をポポドンに送ってみる。モールス信号の要領だ。この方法を使えば複雑な会話はできなくても、単語のやり取りくらいは出来るはず。するとポポドンの呼吸のリズムや脳波から信号のようなものが送られてくる。やったぞ、彼もこちらと話したいようだ。信号を解析すると次のよう文面がコンピュータに映し出される。

死ヌ。歩ク。教エル。

死ぬ?やはり相当に弱っているようだ。だが、歩く、教える?この部分が引っかかる。するとポポドンはまた信号を送ってきた。

歩ク。サヨナラ。

その言葉の意味はわからない。だがその時、ポポドンはゆっくりと立ち上がり歩き始める。歩くたびに大地震が起こっているようだ。しかも向かっているのは近くにある都市の方角だ。大変だ、もし街なんかに向かったら死傷者が出てしまう!ビンズは光線銃を取り出しポポドンの足に撃つがびくともしなかった。だめだ、ビンズの射撃術は一流でも大怪獣には効かない。我々はメカニル星人に連絡しつつポポドンの後を追う。


かなり走ったが、やはり体の大きさからかポポドンの方が早い。そして遅かった。ポポドンは都市の目の前まで侵攻し軍の戦車や兵隊から攻撃を受けている。だが、体が大きいため効果は薄そうだった。あのポポドンがそんなに丈夫だなんて聞いたことがない。ビンズも後ろからもう一度光線銃で動きを止めようとするが、ビンズはそれをやめた。どうしたビンズ。効果が薄くてもやる価値はある、メカニル星人を守らなくては!しかしビンズは首を横に振りそれっきり光線銃を持つことはなかった。するとどうだ、ポポドンは惑星全土に響くかと思うくらいの雄叫びをあげたと思ったら、少しずつ縮んでいく。いや、ポポドンの足下をよく見ると、体が腐って溶けていくのがわかる。この距離でもわかる腐敗臭が我々の鼻をつく。やがて体は溶け、溶けた体は大地に少しずつ染み込み、ポポドンは骨と腐った大地と臭いを残して消えた。我々は急いでポポドンの方へ向かう。


ポポドンの骨には多くの人だかりが出来ていた。しかしメカニル星の民衆は腐敗臭や巨大な骨に関して文句を言うばかりだ。だが私とビンズはそれなりに理解した。ポポドンが何を伝えに来たのか。私がポポドンの溶けた肉と骨を調べると、ポポドンの体には多くの有害物質が含まれていた。少なくとも自然にはないものだ。その有害物質はメカニル星の今漂っている悪い空気や水の中にいるものだと判明した。それがポポドンの体を形成し、強靭な体を作った。戦車や銃の弾を弾き返すほどに。そのかわり、内部器官はボロボロに蝕まれていたのだ。惑星メカニルの急激な自然環境への汚染は、大人しい怪獣をも苦しめていた。ポポドンは他の生物よりも体が大きいため、汚染により自然と多く有害物質を取り込んでしまったのだろう。そして体に異常が出ることをメカニル星人に教えようと都市に近づいた。こちらの推測だが、会話の信号を照らし合わせるとあながち間違いではないのだろう。かつては自然をなによりも愛したメカニル星人、ポポドンも高い知能が故にそれを知っていた。自然をかつては管理してくれたから、ポポドンも住みやすい環境が昔はあった。その恩返しなのだろう、今のメカニル星人は間違っていると教えにここまで歩いてきたのだ。有害物質のせいで理性も体力も無くなりかけていた彼なりの精一杯なのだろう。だが、メカニル星人たちはポポドンの亡骸を見て商業価値のない余計なものを増やしたとして、冷ややかな視線を送るだけだった。それを見て私は、ポポドンが守ろうとしたものは生き物の死に対して無関心な守銭奴達なのだろうかと思ってしまった。色んな意味で荒んで汚れた空気の中、嫌な表情をせず敬礼をする男がいた。それはいつも能天気に振る舞う相棒であった。彼は時々、戦士の顔を覗かせる。彼はポポドンの事を勇敢な戦士として、今できる最大の敬意と感謝を亡きポポドンにしているのだ。彼ほどの凛々しい姿を見せられる訳ではない。だが私もその隣でポポドンに敬礼をした。


結局、我々はメカニル星人へ汚染に対して配慮するようにと促し宇宙船でメカニルを去った。本当は何日もかけて説得するのがベストなのだろうが、今の彼らがそれを聞き入れる事はないだろう。心も体も完全に蝕まれた初めて己の危機感に気づく、今の彼らはそういう生き物だ。だがポポドンの事もある、我々は一度テコヘンに帰りメカニル星の状況を国に伝えよう。うまくいけば両惑星間のサミットで自然問題や生物保護の話になるだろう。すまないポポドン、我々ができるのは所詮この程度だ。私がレポートを書き終えビンズのもとへ向かうと、彼はメカニル星のまずいフライドチキンとジュースで食事をしていた。あんなに嫌がっていたのにどうしたんだと聞くとビンズはこう答えた。 


あいつの愛した星の食い物だ。今日だけは俺たちも愛してやろう。


その言葉に異論はなかった。私も席につき、えぐみのあるフライドチキンとやたら色の鮮やかなジュースをいただいた。化学的な味に代わりはないが、とても温かいと感じたのは私だけではないはずだ。


調査報告:惑星メカニルの環境汚染は第三者から見ても明らかなため、他惑星から厳重な警告を促すよう国に提出。また、今後は類似した惑星を調査した場合には出来る範囲での生物保護や汚染改善もできるよう調査団の装備の見直しも案として提出するものとする。


宇宙人ビンズと機械惑星の大怪獣〜完〜


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