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松下幸之助と『経営の技法』#90

5/15の金言
 仕事に打ち込むと、客に自然に手を合わせ、拝むというほどの心境になってくる。

5/15の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。短いのでそのまま引用しましょう。
 いわゆる信仰三昧というほどに仕事に打ち込む。来るお客さんは、皆神様であり仏様で、だから自然に、手を合わせて拝むというほどの心境になってお客さんを大事にする。そうすればそこには非常に大きな喜びが感じられるでしょうし、また、そのように大事にされて腹をたてるお客さんはありません。したがって、結果として商売が繁盛するということにもなるでしょう。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 最初に、松下幸之助氏の言葉の意味を確認します。氏の言葉は、いわゆる「お客様は神様」を意味しているのではない、と考えるべきでしょう。
 というのも、いわゆる「お客様は神様」という言葉には、①客を神様仏様とおだてて良い気持ちにさせれば、商売がうまくいく、②客が怒っているときに、言い返したりせずじっと我慢する、等のイメージがついています。
 しかし、氏は、①客を神様仏様と思う気持ちが商売のツールなのではなく、必死の努力をした結果、客が神様仏様に見えてくる、ということであり、目的と手段が逆です。また、②客が怒った場合の話ではなく、客を怒らせないための話であり、氏は、何でも我慢しろとは言っていません。
むしろ、この検討から分かるとおり、①仕事に打ち込めば、客のことが大事になってきて、②客への対応や製品の品質が上がって客との関係が良好になり(この点は明示していない)、③仕事にやりがいが生まれ、④客とのトラブルも減り、⑤商売が繁盛する、という点に、その趣旨があります。
 つまり、客を神様仏様と見るところから商売のやり方を考える、という精神論ではなく、仕事に打ち込むことで、客との関係が自然とよくなる、という方法論の方に、重点があると考えるべきなのです。
 氏のこの言葉について、組織論から見てみましょう。
 1つ目は、仕事に取り組む従業員の姿勢です。
 何も、全従業員が猛烈に仕事をしろ、ということよりも、皆が質の高い仕事をしよう、そうすればファンがついてきて、仕事にやりがいも出てくる、と解することができます。経営学的に見た場合、同じ商品で競争すると、価格競争位に陥ってしまい、(経済学的には理想状態だが)利潤が出ない状況になってしまいますから、適切な利潤を確保するために、製品やサービス、会社の雰囲気などについて「差別化」する戦略が取られますが、ファンがつくということは、この差別化戦略そのものなのです。
 2つ目は、その際の従業員の気持ちの問題です。
 松下幸之助氏は、繰り返し、従業員は自ら積極的に仕事に取り組むべきことを強調します。やらされる仕事では、従業員自身、気持ちが乗らないだけでなく、会社にとっても、大事な情報に気づいたり、それを会社で共有したりできず、感度が下がってしまいます。
 これは、仕事に打ち込み、やりがいが生まれる、という言葉から理解できることです。
 3つ目は、このような従業員の気持ちや姿勢を、組織として高め、維持する施策です。
 これは、人事制度の制度設計だけの問題でなく、日ごろからの管理職による従業員の管理やコミュニケーションなどの運用、会社の社風、等総合的に行われるべきものです。ここで、具体的な施策の詳細の検討は省略しますが、ぼやけた施策にならないために、どのような会社にするのか、という方向性を明確にすることを、忘れないようにしましょう。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、精神論によって従業員に過酷な仕事を行わせるブラック企業と、一見、似たようなことを言っています。けれども、経営の神様であり、合理性を重んじる松下幸之助氏の言葉は、上記のとおり、決して精神論ではありません。従業員の心理状態や、客の反応まで分析の対象にしていますが、それはあくまで、合理的な事業活動を行うための分析です。分析対象が人間心理であり、非科学的な面がありますが、分析自体は客観的であり、苦労人らしい冷静な人間観察があってのことなのです。
 経営者自身に理想がなければ、従業員と共有すべきイメージが伴わないため、従業員がなかなかついてきませんが、かといって、そのイメージだけで従業員をコントロールしようとするのではなく、従業員の心理状態も分析し、予想しながら、客観的に合理的な方法で従業員をコントロールできることが、経営者にとって必要です。
 したがって、経営者の資質としては、一面で、仕事に打ち込む、客が大事に思われる、やりがいを感じる、客も会社のファンになる、など、人の心理がわからなければビジネスになりませんが、他面で、そのような人の心理も冷静に分析し、コントロールする面も必要なのです。

3.おわりに
 ところで、お客様は神様、という言葉が、今日の異常なクレームを助長し、あるいはそこまでいかないにしても、日本人の商品やサービスに対する過剰な要求(完璧主義、潔癖症)の原因の一つとなっていて、経済的には過剰な社会的コスト、経営的には従業員の生産性の低さにつながっていると言われます。
 では、神様でないお客様は、一体、何様でしょうか。
 ある経営者は、「お客様は神様ではない、王様だ」と教えてくれました。非常に含蓄のある言葉だと思います。
 どう思いますか?

※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。


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