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愛した人 (短編小説 5 )

【 あらすじ→ 5年前に亡くなった恋人、隼人がかつて住んでいた住居を訪れると、隼人そっくりの住人がいた。イヤ、隼人本人にしか見えない。亡くなったのは、何かの間違いだったのか? それとも隼人の幽霊なのか?
その後、2人はお互いの愛を確かめ合った。美紀が未来に希望を持ち始めた矢先……。 】




「天気もいいし、海でも見に行こうか」
隼人の提案に、美紀は二つ返事で同意した。

海岸線に沿って、隼人は車を走らせた。
久しぶりに乗る隼人の車。包み込むようなシートの感触が心地良い。
陽の光を受け、きらめく水面を眺めながら、美紀の顔が自然と綻ぶ。昨日、隼人とお互いの愛を確かめ合い、心が満ち足りていた。

不意に隼人が手を伸ばし、美紀の手を握った。
隼人を見つめ、美紀も握り返す。

(もう、1人じゃない。未来には隼人がいる)


海辺の公園に車を停めると、2人は手を繋いで散策した。
頬に当たる海風が心地良くて、美紀は目を細めた。
隼人が隣にいる今、生きてるって素晴らしいと
心からそう思えた。

(自暴自棄にならず、今日まで何とか生きてきて
本当に良かった)

しばらくして、2人はベンチに腰を下ろした。

美紀は霞む水平線を眺めながら
「気持ちいいわね。あっ、そうだ。夕食、私が作るわ。隼人、何が食べたい?」

美紀の問いかけに、隼人は無言でいる。
不思議に思い目を向けると、隼人は少し思い詰めたような顔をしている。心なしか、青ざめているようにも見えた。

「隼人、どうしたの? どこか具合でも悪いの?」

少しの沈黙の後、
「ごめん……」

「ごめんって、何が? 何で謝るの?」

「もう、行かないと」

「行くって、どこに行くの?」
美紀は不安になった。

「そろそろ、さよならの時間だ……」

「隼人、何言ってるの? さよならって、どういうこと?」

「もう、ここにはいられないんだ」

「隼人、どうしちゃったのよ」
美紀は隼人の手を取り、握った。途端に、ゾクっとする冷たさが伝わってくる。

美紀は驚き、
「隼人、ホントにどうしちゃったの? やっぱり具合悪いんじゃないの?」

「イヤ、何ともないよ。さよならの時間が迫ってるんだ。美紀、会えて良かった……」

隼人は寂しさと愛しさが入り混じった眼差しで、掬い上げるように美紀を見つめる。

「さよならなんて、イヤよ。隼人、一緒に住もうって言ってたじゃない」

「うん、ごめんね。無責任なこと言って。でも美紀のこと、忘れないよ。愛してる……」

隼人の様子が、何だか可笑しい。
体が輪郭だけを残して、次第にぼんやりとした色彩になっていった。

「隼人、何か変だわ。どうしちゃったの?」

隼人の体が透けて見えた。半透明になっている。言いようのない不安と焦りを感じた。

「もう本当にさよならだ。美紀のことは忘れない。愛してる……」

「隼人、私も愛してる。死ぬまで、ううん、死んでも忘れない。ずっと愛してる。だから行かないで!」

もう、ほとんど隼人の姿が見えなくなっていた。

「隼人、隼人!」
(こんなこと、受け止められない)

「さ、よ、なら……。美紀……」

隼人の声だけが、辺りに響く。

「隼人、愛してる、愛してる、隼人、行かないで!」

最早、隣にいた隼人の痕跡はなかった。
手を伸ばしても、空を掴むだけだ。
ただ、隼人の残り香だけが漂っている。

辺りは何事もなかったかのように、規則的な波の音だけが響いている。風が少し冷たくなってきたようだ。
美紀は泣きじゃくっていた。

(隼人がいない人生なんて、生きる意味がないわ。
私もこのまま消えてしまいたい……)


       つづく


















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