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第21回 『げいさい』 会田誠著

 こんばんは、JUNBUN太郎です!

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 今夜も「読書はコスパ最高のコスプレです」のお時間がやってきました。本は自分以外の人間になりきる最も安あがりな道具。この番組では、リスナーのみなさんから寄せられる、読書体験ならぬコスプレ体験を、毎週ひとつご紹介していきます。
 ではさっそくリスナーからのお便りをご紹介しましょう。
 ラジオネーム、まことちゃんさん。

 JUNBUN太郎さん、こんばんは。
 僕は予備校生です。一浪中です。
 世間の学生たちは夏休みだっていうのに、こっちは授業授業の日々──どうにもうんざりして、近所の本屋に逃避していたら、とある本に目が留まりました。

『げいさい』という本です。

 そのとき僕は文芸コーナーにいたのですが(一番空いてたから笑)、作者の名前に違和感を覚えたんです。
「会田誠? あれ、このひとって、小説家だったっけ……?」
 その名前には、覚えがありました。
 あれはたしか……そう、僕が小学生の頃に両親と出かけた美術館で、このひとの展覧会をやっていて、僕は幼いながらに衝撃を受けたのでした。
「スゲえ! 自由すぎるよ!!」
 よくわかんないけど、なんか爆発してる。ブッ飛んでる。世の中にはこんな自由なことしてる大人のひとがいるんだ!とワクワクしました。そういうひとのことを芸術家と呼ぶことを、僕はそのとき知りました。
 そういえば小学校の卒業アルバムでは、「僕の将来の夢は芸術家である」って書いたなーなんてことを懐かしく思い出しながら、文芸コーナーに平積みされたその本をなにげなく手に取ってみると、帯には、

 美術大学の学園祭「芸祭」。
 1986年の一夜のできごと。

 と書いてある。表紙を開いてみると、冒頭、会田誠本人と思しき美術家が若い頃の一夜を小説として書いてみることにしたうんぬんが宣言されている。
「これを読めば、僕がむかし憧れてた芸術家の青春が体験できちゃうかも!?」
 芸術家からはとっくに路線変更し、いまでは上級国家公務員になることを夢に毎日必死こいて受験勉強してる僕にとっては、ちょうどいい息抜きになるかなーなんて期待しながら、僕はその本を読み始めました。
 すると、そこには思いも寄らない世界が広がっていて──。

 とある美術家の若かりし一夜を描いた、青春群像小説『げいさい』をまだ読んでないというリスナーの方は、ぜひ読んでから、続きをお楽しみください!


 読んでみれば、小説の中の「僕」は思いがけず、僕と同じ、受験に失敗した浪人生。そうか、確かに、芸術家になるにも、まずは美大に入る必要があるのだ。芸大って言ったら、おそらく東大と同じくらい狭き門なのだろう。さぞかしブッ飛んだ芸術センスが問われるのだろうと思いきや、なぬっ、受験絵画!? 個性を押し殺して、マシンのように正確なデッサン力を鍛えさせられるなんて、こっちの受験と変わらないじゃん。のびのびと自分の思うままに腕を磨いていくことのできない不自由さに悶々とする「僕」に、僕は心底共感しました。そして、「僕たち」のいる世界に心底うんざりしました。

 でも、僕は「僕」に憧れもしました。
 予備校を潔く休み、受験するかしないか、真剣に決断しようとしたところ。だって、僕はいままで受験しない選択肢なんて想像したことすらなかったから。それからゴッホっていう先人の言葉を愛し、芸術の道を諦めなかったところ。そして、芸大の実技試験で、受験絵画を捨て、幼い魂を鎮めるために、自分自身の魂を傷物にしないために、本当に「自由に」絵を描いたところ。そして、なにより、佐知子! ホレた女と付き合って、捨てられてもまだホレてるなんて、恋愛の極み!!

 興奮に震えた手で僕はスマホを取り出して、会田誠をwikiりましたよ。そこには、芸大卒、とある。ということはつまり、作中の「僕」は、きっとこのあともう一度奮起して、芸大受験にチャレンジした。そして、合格を勝ち取った。それまでの浪人した長い道のりは、決して無駄な回り道ではなかった。そのことは、この芸術家の現在の活躍が証明していますよね?

 僕は決めました。東大に入るまでは固く禁じていたことを、いまやろう! 不自由な檻を打ち破って、自由に生きてやろう!! 僕はそれから本屋の中を颯爽と歩き回って、目当ての棚から、受験には必要がないとそれまで遠ざけていた哲学書をたんまり買い込みました。そしてもうひとつ、恋愛も解禁だ!! とは言え、相手がいるわけではなく、まずは出会わなければ……好みのタイプは、そうですね……佐知子っていうよりも、僕は断然、アリアス派です!笑

 でもちょっと待てよ……完全に浮かれモード全開の僕の頭にふと考えがよぎりました。
 この『げいさい』っていう本は、小説の形はしているけれども、まさか、アートなのではないか──。巨大なウンコとかつくっちゃう芸術家のことです。僕なんかには想像もできないもっと壮大な企みがあることも知らずに、僕はバカな読者面して踊らされているのではないか──そう考えると、背筋がなんだかヒヤッとします……。
 このヒヤり納涼体験も含め、予備校逃避中に僕が得た束の間の読書体験は、間違いなくお値段以上、プライスレス! まさにコスパ最高のコスプレ体験でした。
 JUNBUN太郎さん、僕の受験合格を、いや、自由で幸福な回り道を祈っててください!

 まことちゃんさん、どうもありがとう!!
 いい本を、いいタイミングで読みましたね。本ってほんとうに出会いですよねー。しみじみ思い知らされます。
 この作品は、青春群像劇としても読めるし、現代美術に対する批評としても読めるし、きっと読者によって色んな読み方で楽しむことができるのでしょうね。コスプレしがいのある個性豊かなキャラクターがたくさん登場するのもこの作品の魅力ですよね。
 そして、まことちゃんさんのヒヤッとした、これは小説? それともアート? という疑問も、実際はどうなんでしょうか。それをテーマに読書会を開いてみると楽しいかもしれません。
 それにしても、この濃密な一冊を本屋さんでイッキに立ち読みしてしまうまことちゃんさんの体力、若さが夏の太陽のように眩しすぎる笑
 まことちゃんさんの恋も受験も哲学の道もどうかうまく行きますように。心から祈ってます!

 また来週!

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