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白昼夢:水神

 どうも、神です。神といってもそんなにたいそうなものではなくて、この小さな池の神です。本当に小さな池です。浅いし、狭いし。ちょっと大きい水たまり、と言われても否定はできません。そんな池の神が、私です。

 こんな池ですが、昔は役に立ってたんですよ。あんまり水が豊富でない地域でしてね。私もよく知らないのですが、大昔の人たちが頑張って作ったらしいです。そしていつの間にか私は神となっていたというわけです。私はいつから自我があるのかもわかりませんし、実体が無い曖昧な存在です。もしかしたら池そのものかもしれないし、全然違うものなのかもしれません。
 しかし、昔の人が祠を建てて、神様、神様、と大切にしてくれたので、おそらく私は神なのでしょう。

 まあ今は祠もなくなり、私の存在は忘れ去られていますが…。それには事情がありましてね。百年ほど前でしょうか。もっと前でしょうか。大きな台風が直撃しました。あたりの木々は倒れ、祠も吹き飛んで壊れてしまいました。この小さな池は森のなかにあるのですが、ここまでの道もすっかりだめになってしまったようで。なかなか人が入れないようになってしまったのです。
 その頃にはこの池がなくとも、水が確保できる技術が発達しておりましたので…、このあたりの復興は後回しにされたんでしょう。仕方がありません。というわけで、長い年月をかけ、私の存在はすっかり忘れ去られてしまいました。
 森はというと、何年か前に整備され、ウォーキングコースができたようですよ。ありがたいことに、この池のまわりを通るコースになっていますので、よく人が通るようになりました。小さいけれど、この池、綺麗でしょう。だからこのあたりで休憩する人もいるくらいです。ま、私の存在は相変わらず知られていないんですけどね。

 ここ最近、池に若い男性ふたり組が訪れるようになりました。雰囲気からして、ウォーキングするような感じではないし、なんとなく怪しい。
 そして先日、ふたりが話している声が聞こえました。
「どうして人間ってものはさあ、ご利益がありそうな水辺に小銭を投げ込むのかねえ」
「ああ、確かに。神社とか、何かいわれのある場所の水辺って、たいがい小銭が入っているな」
「で、俺は思いついたわけよ。良い小遣い稼ぎを」
「小遣い稼ぎ?」
「この池、今は何もないただの池だけどさ。水神様がいるとか何とか言って祠でも建てたら、どうなると思う?」
「どうなる、って…。ああ、なるほど」
「わかるだろ。ウォーキングしてる人たちが、ありがたがって勝手に小銭を投げ込んで願いごとなんかするわけさ」
「その小銭を、俺たちがいただく、ってわけだな」
「そう!」
「なるほど。良い考えじゃねえか」
 とんでもない計画です。私という存在がありながら神をでっちあげるなんて。神への冒涜です。不謹慎極まりない!
 しかし、彼らの行動力は凄まじく、あっという間にニセモノの祠が作られ、『水神伝説』とか書いた看板が建てられ、あの池には水神様がいる、困った時にきっと人間を助けてくれる、なんていう噂が流されました。
 彼らがダミーの小銭を池に入れておいたところ、案の定、まねをして小銭を投げ込み、何やらお願い事をする人が増えてきました。困ったことです。

 数週間後、池のなかから小銭を拾い上げたふたりは、「すごい!三千円もあるぞ!」と喜んでいました。たいした額でもないのに。
 人々に忘れられているとはいえ、私は神。このような悪事、許すわけにはいきません。何か彼らに報復を、と思っていたのですが。
 ふと思いました。
 人々はこの池に水神がいると信じ、大切にするようになりました。そして私は神です。池の神ですが、池とは水なので、水神といっても間違いではありません。
 それはつまり、人々が崇めているのはニセモノの水神伝説ではなく、私なのでは?
 彼らのでっちあげた『水神伝説』も、あながち間違ってはいないのです。だって私は長年、この池を守ることで、人々を守ってきたのですから。

 となると、彼らの小遣い稼ぎはよろしくないとしても、私にとっては「人々に再び存在を感じてもらえた」というところについてはむしろ良いことかもしれない、という決断に至りました。
 
 ということで、現状、私は彼らの小遣い稼ぎには目をつむりつつ、水神として池と人々を守る、という任務を全うしております。噂によると、近いうちに小さなお祭りをするんですって。プチ観光スポットとしても流行るかもしれませんね。
 ところで、私は彼らの小遣い稼ぎに目をつむっていますが、人間の法律や制度がどうなっているのかは存じませんので、彼らが今後どうなるかはわかりません。勝手に祠や看板を建てたり、小銭をとったり、とかね。池のことは守っても、池の外のことになると何にもできませんから。幸運を祈っておきます。   

 以上、神でした。





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