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白昼夢:ドライブと天ぷら

 どうも。魔法使いです。まだ半人前なのでデカイ魔法は使えません。どうぞよろしく。

 あそこの小さな灰色のアパート。肩を落として疲れきった女性がとぼとぼ階段を上がっています。彼女は、Rさん。仕事熱心で、穏やかな方です。
 Rさんは今日、ちょっと嫌なことがありました。Rさんの職場にはクソババアがいます。このクソババア、機嫌が良いときはおしゃべりなだけなのですが、今日はなぜかご機嫌斜め。若手の些細なミスを片っ端から怒鳴り付けていました。有害ですね。Rさんは資料の誤字に対してギャーギャー言われたようです。
 普段はミスしない若手も、ピりついた雰囲気では心が乱れるもの。Rさんは自分が怒られたことよりも、いちいちクソババアの怒号が響くことについてストレスを感じていました。
 Rさんはクソババアと違い、自分の機嫌は自分でとれます。だから、仕事帰りに大好きなカラオケに行きました。しかし…、
「申し訳ありません。本日、満室でございます」
 今日は金曜日。いくつかお店をまわりましたが、どこも満室でした。週末を楽しんだり、Rさんのように気分転換をする人がたくさんいるのでしょう。
 がっかりしているRさん。ああ、何かできないかな。元気になる魔法…。
 しばらくして、Rさんが出てきました。財布とスマホと免許証だけもって車に乗り込みます。どうやら夜のドライブをするみたい。
 Rさんはラジオを流しながらゆったりと車を走らせます。ラジオからは最近のヒットソングが流れています。
 そうだ!
 ラジオに魔法をかけました。すると、ある音楽が流れ始めます。それは、Rさんが高校時代から大好きな曲。元気を出したいときに聴いていた曲です。
 Rさんは驚いたように一瞬スピーカーを見て…、ふっと笑顔になりました。
 小さな声で口ずさんでいたRさんですが、次第にノッてきて、やがて大きな声で歌い始めました。
 どうやら、Rさんのモヤモヤは、だいぶ和らいだようです。



 お次は、スーパーからエコバッグを下げてとぼとぼ歩く男性。Dさんです。彼は落ち込んでいます。
 Dさんは今夜、二ヶ月ぶりに恋人に会う予定でした。お互い仕事が忙しく、休みも不定期なのでなかなか会えません。なんとか都合をつけ、会って食事に行こう…、という予定だったのですが。昨日の夜、突如「やっぱり会えない」と連絡があったのです。
 なんでも、好きなアイドルグループの生配信があるんですって。
 Dさんは「俺とアイドル、どっちが大事なの?」という大人げない言葉をなんとか飲み込みました。聞くまでもありません。アイドルの方が大事だからこその結果です。
 そのアイドルグループは毎週生配信をしています。いつもは木曜日なのですが、撮影やら何やらの都合で今週だけ金曜日に変わったそうです。
 二ヶ月ぶりの恋人ではなく、毎週観られる、しかもアーカイブを残しているアイドルの生配信が選ばれたこと。恋人がデビュー前から推していて、ずっと応援し続けているとはいえ、Dさんはさすがにショックでした。
 Dさんはとぼとぼ住んでいるアパートに帰ってきました。ふう、とため息をつくと、てきぱきとエコバッグから買ってきた食材を出し、夕食の仕度を始めます。
 気合いを入れて天ぷらを作り、ビールでひとり乾杯して、なんとか切り替えるつもりのようです。とはいえ、やっぱり悲しい気持ちや苛立ちで、Dさんの頭と心はぐるぐるしていました。気の毒に。何かできないかな。何か良い魔法…。
 そうだ!
 揚げている最中の天ぷらに魔法をかけました。Dさんは、ふわふわよりもサクサクが好き。理想の揚げ具合になるはずです。
 汗をかきながら天ぷらを揚げ終え、天つゆを準備していたので、あわててDさんの脳内に「塩もいいぞ」と送りました。もちろん天つゆでも良いのですが、今日の天ぷらには塩の方が合うのです。
 Dさんはぷしゅっ、と缶を開け、ごくごくとビールを飲みました。そして、まずはピーマンの天ぷら。塩をつけて、サクッと。
 美味しい!!
 Dさんの表情が、そう語っています。
 よかった。
 夏野菜やキノコやイカなどの天ぷら大盛とビールが空になる頃には、Dさんはずいぶん元気になったようでした。ついでに、初めて使うのでちゃんと効くかわからないけれど、明日胃もたれや胸やけがしない魔法もかけておきました。


 夜が更けていきます。箒に乗って町を見下ろせば、いろいろな人たち。元気がない人もたくさんいます。まだまだ魔法の修行が足りませんね。
 とりあえず皆さん、お疲れ様。

 以上、魔法使いでした。






 

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