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読書感想 『地雷グリコ』 「〝カイジ〟の系譜」

 ミステリーが、あまり好きではない。

 それは、謎に引っ張られると、その過程を読むことが、どこかおろそかになるような気がするのと、最初に誰かが殺されたりすることが多いから、かもしれないけれど、ただ、この印象自体が、本当にミステリーが好きな人や詳しい人から見ると未熟なことかもしれない、という気持ちはずっとある。

 さらに、何かに向かって緻密に物事を組み立てることや、ルールを理解する能力が低いため、伏線や謎解きがよく分からない、という個人的な問題もあるため、もともとミステリー読者の条件を満たしていないのかもしれない、という自分自身の基礎的な課題もある。

 ただ、ミステリーというジャンルに、かなり大勢の読者がいることは知っているから、本を読む習慣がついたとはいっても、そのマジョリティーに関して、全く知らないのも何かを見落としているような気がしていて、時々読むことがある。

 今回も、そんな宿題のような気持ちで、読み始めた。


『地雷グリコ』  青崎有吾 

 タイトルが魅力的だから、読もうと思ってしまった。

 そして、その「地雷グリコ」というのは、ゲームの名前で、最初の短編に登場する。

 主人公は、高校1年生。射守矢真兎(いもりや まと)。外見は、それほど賢そうに見えない、どこかテキトウそうな気配の女性。その彼女が、文化祭の場所取り、という学園ものらしいことを賭けて、勝負をする。

 それが、審判が提示した「地雷グリコ」。

 どこかの神社かお寺の四十段以上ある階段を使っておこなわれる古典的なゲームだった。じゃんけんをして、グーで勝ったらグリコで、三段。チョキなら、チヨコレートで、六段。パーで勝利したらパイナツプルで、六段、階段を上がれる、というあの遊びだった。

 本筋からはズレるが、この作品が発行されたのが2023年の年末で、その中で、高校生が行うゲームとして、この「グリコ」がまだ現役らしいということが意外だった。自分が子どもだった頃も、この遊びが行われていて、グリコという商品名も自然に入っていることも不思議だったが、このゲームの寿命の長さもすごいけれど、同時に、だからこそ、幅広い年代にも伝えられるから、この「グリコ」を選んだところも、やはり、多くの読者を得られる書き手なのかも、と思ってしまった。

 というのは、本当に余談なのだけど、その「グリコ」をただ行うのではなく、そこにアレンジが加えられている。それは、それぞれのプレーヤーが、任意の階段の段に3か所の「地雷」を仕掛けられること。もちろんそのことは公表されず、審判が把握していて、その「地雷」の階段を踏むと、それぞれのスマホから爆発音が聞こえる仕組みをつくる。そして、その「地雷」を爆発させてしまうと10段下がらなくてはいけない、というルールがあるから「地雷グリコ」と呼ばれることになる。

 このゲームの主人公の対戦相手は、生徒会の役員で、この文化祭の場所取りを争ってきて負けたことがない、という人物。そうした手強い相手に戦うのだけど、その主人公の言動や、反応が、読み手にとっても後になって意味があることが分かるような、そのことでつい読み返してしまうような感じがあって、こうして、一本の線でつながるような面白さが、もしかしたらミステリーを好む人の気持ちなのかもしれない、などと思った。

対戦相手

 こうした小説を読むと、頭の良さとはなんだろう、ということを考える。

 この書籍は、5つの短編でできていて、5つのオリジナルゲームが登場し、それぞれに対戦相手がいる。

 第1話で戦った相手が、その後で、協力する関係になったりするのは、昔の学園もの、それも不良マンガといわれるジャンルで、ケンカをした相手は友人になる、というパターンも踏襲しているし、どれも、もともとあったゲームに条件を加えてオリジナルなものにしていくというのも、マンガ「カイジ」を思い出させる。

 まず、そうしたオリジナルなゲームを考え出せることは、そう簡単にはできないし、素直に頭がいいと思わせる。

 さらには、そういった影響について、作者自らが、こうしたインタビューでも明らかにしているのだけど、そうしたすでにある作品に何かを加えて、新しくしていく、というのがオリジナリティーなのだろうと思わせるし、それも頭の良さなのだと感じられる。

 高校生が主人公。戦われる場所は、その生活圏内に限られる。設定は、もちろんあり得ないほど突飛な部分もあるけれど、誰もが期間の差はあっても、学校という場所は一度は行ったことがあるからイメージしやすい。そうした設定にも気配りが感じられる一方、学校というシステムが何十年経ってもあまりにも変わらないことが、問題なのかも、と改めて思ったりもする。

 そして、それぞれのオリジナルゲームの対戦相手は、どの人物も存在感が強く、見るからに(読んでいるだけだけど、視覚的なイメージが湧きやすい)強そうで、その一方で、主人公は、相手から見れば、つかみどころがない印象を持たせながら、戦っている。

 それでも、読者は1話目で、すでに主人公の圧倒的な強さを知っている。それは、さらに昔の言葉を実践するような能力の高さだと分かっている。

彼を知り己を知らば百戦殆うからず
戦う際には、相手と自分の両方情勢を分析することが、最も重要であることを述べたことば。

(「コトバンク」より)

 紀元前の中国の時代の戦争の方法についての言葉だけど、このことは2000年経っても本当のことで、同時に、相手のことと、自分のことを本当に知ることがどれだけ難しいか。ということと、それを徹底できることが、どれだけ凄いことなのかは、生きていく時間が長いほど分かっていくように思う。

 そして、この「地雷グリコ」の主人公は、この基本に忠実であることも、読み進めるほど、読者にも届いてくるから、今回はどうやって戦うのか。
 そして、どの時点で相手の性格も含めた理解にたどり着いているのか。といったことを考えながら、できたら、それを先に分かろうとするのだけど、自分の読者としての能力の限界もあり、主人公の射守矢の行動や思考は、そうした予想をずっと上回られるし、その戦い方も、盲点を突かれる思いにもなり、そうした自分の狭い思考を超えた展開を見せられるのは、気持ちがいい。

 そんなことも思っていた。

利他

 マンガ「カイジ」は、気持ちが追い込まれた時ほど、読んでいた。

 最も辛い時ほど、ハードな戦いをする主人公のストーリーが響いた気がした。
 それがどうしてなのか。

 自分自身が、最も困窮している時をなんとか乗り切って、考えたときに、主人公のカイジは、状況に巻き込まれて借金をつくり、そのあげくに場合によっては命を賭けるギャンブルで戦い、その瞬間だけ生きる実感を得ているような、そんな人間で、自分も危ないのに、つい誰かのために行動してしまう。

 そんな利他的な主人公の思考があるから、どこかで救われるような思いになり、だから、一見、ギャンブルだけのマンガでありながら、読んでいたと思う。

(それでも、地下に住んで、そして、特殊なパチンコの勝負に勝ち、そのため地上に戻れるときに、もうそれ以上、読み進める気力がなくなってしまったけれど)

 今回の『地雷グリコ』は、やはりオリジナルなゲームで、どのような戦いが繰り広げられるのか。それが読者の興味の中心になるだろうし、そのルールや進行に関しても、イラストや図もあるので、理解が助けられるはずだ。

 それでも、もともとルールそのものに弱い私は、時々、理解が追いつかず、なんとなく興味まで遠くなったりもしたのだけど、最終的に、とても面白いという印象で読み終えられたのは、主人公・射守矢の行動原理が想像以上に利他的であったせいだ。

 オリジナルなゲーム。
 戦い方の思考。

 さらには、人間同士の物語まであるので、思った以上に幅広い読者に届くように思えた。


 つまり、私のように、ミステリーは、ほとんど読まない。もしくはルールや戦略に対して、あまり興味を持てないような人にも、おすすめできる作品だと思いました。


(こちらは↓、電子書籍版です)。



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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