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読書感想 『その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』  「考え続けるための入り口」

 すごく知識があるはずの人が、びっくりするほど「差別的」なことを語ったりすることがある。それは歴史的な大虐殺に関わった人たちも、豊かな教養があったと言われているのだから、今さら、驚いたりすることでもないのかもしれない。

 ただ、ふと、そうした人たちの知識や教養の中に「哲学」はあったのだろうか、と思うことがある。ナチスに協力的であったと言われる「哲学者」もいるのだから、そんなに単純なものではないとは思うけれど、「生きるとは何か?」「正義とはどういうことか?」「死はどんな意味があるのか?」。そんな日常生活では考えなくてもいいような、でも実は人間が生きていて、時として必要になるようなことについて、ずっと考え続けてきている「哲学者」の思考には、少なくとも触れた方がいい、と思うようになった。

 「哲学」に触れることによって、初めて知識や教養が意味のあるものとなるのではないだろうか、と改めて考えたりする。

立ちはだかる「難解さ」

 そんなことを考えても、個人的には「哲学書」の難解さが、立ちはだかってきた記憶が強い。

 自分もほとんど「哲学」について分かっているとは言えないので、偉そうに言えない。例えば、有名な「哲学書」を読んでも、個人的には、全く知らないスポーツの新しい戦略について熱く語られているようにしか思えなくて、とにかく遠い出来事にしか思えなかった。

 スタンドを立てたまま自転車をこぐと、あるスピードを超えると、急に走り出して、地面を移動している実感が体に伝わってくるように、最初は分からなくても、「哲学書」を読み続けると「理解」が訪れるのではないか。

 そんな予感も全くしなくて、「哲学」は遠いままではないか。自分の頭脳のレベルでは永遠に分からないのではないか、もしくはもっと若い時から始めないと間に合わないのではないか。と思っていたら、もっと「哲学」に詳しい人には、「入門書」などから入らないと難しいのではないか、と教えてもらったこともあり、ちょっとほっとした。


 だけど、その「入門書」も、どれを読んだらいいのか分からないくらい、たくさんあって、それを考えるだけで、また意欲が下がっていくのも分かった。

 そんな時があって、その意欲の低下も忘れたくらいの時に、この本を見つけて、読んだ。

『その悩み、哲学者がすでに答えを出しています』 小林昌平 

 ジャンル分けをするとすれば、「哲学入門書ダイジェスト」といった書籍だと思う。
 身近な、誰でも一度は持ちそうな「悩み」について、「哲学者」が答えを出しているというスタイルで、その身近さと、「哲学者」との間を著者がつないでいる

 引用する時に、「孫引き」は非難される。
 元の資料(原著)があり、それを引用した人がいる。それを、さらに引用するのが、「孫引き」と言われ、必ずと言っていいほど「原著にあたるべき」と指摘される。

 今回、紹介する書籍は、「孫引き」よりも、さらに「ひ孫引き」くらいの引用をしているともいえ、本格的に「哲学」を考えたり、研究したりする人にとっては、「邪道」と言われそうでもある。

 ただ、私にとっては、この本は、再び「哲学書」に向かうための、新たな「入り口」になったように思えた。

将来、食べていけるか不安

 こうした、日常生活で抱きがちな悩みに対して、「哲学者」が答えを出している、というスタイルで文章は進んでいく。

 例えば、この「将来、食べていけるか不安」について、答えを出しているのは「アリストテレス」だという。

 快楽は本来、「活動(エネゲイア)」にほかならず、それ自身目的(テロス)なのである。

 この「アリストテレス」の「答え」から、日常に向けて近づけるように、著者・小林昌平氏が「意訳」をしていく。

 自分が向いていると心から感じられる作業に全力で打ちこみ、充実した手ごたえを感じながら毎日を生きている人を、世界が放っておくことはないでしょう。そういう人がおのずと放つ魅力を目にとめる人があらわれ、次なるオファーをくれるものです。
 それはもちろん、保証されていることではありません。が、「今の自分自身が目的である」ようなエネルゲイアな生きかたこそ、偶然にさらされ、明日をも分からない人間が今を生きるうえで最も正しい「賭け」なのです。

 これがアリストテレスが言ったことと、本当に同じかどうかは少し疑問とはいえ、それでも、人類史の2000年以上前から、似たようなことを考えているかと思うと、それだけで、少し心強くなる。

嫌いな上司がいる。上司とうまくいっていない。

 この悩みについては、「スピノザ」が答えている、という。

嘲笑せず、嘆かず、呪わず、ただ理解する。

 これに対しても、著者・小林氏が、日常へつないでくれる。

 誰かを恨んだり、嘲笑したり、嘆いたり、愚痴ったり、呪ったりするのは、その嫌いな相手が、私が考えるように、行動を変えられると考えてしまうからです。
 しかし、それはその人の出自や生まれ育ちやコンプレックスや抱えているものの因果関係で決まっており、変えることができないのです。
 起こることはすべては必然であり、最初から決まってしまっている。
 ふたたび、あの上司は嫌なことを言うだろう。言わなくてもいいことを言うだろう。
 しかし、あなたは彼のそんな言葉を、彼がそんな言葉を言うに至った経緯や人生やその他すべての世界のあらわれとして、理解してあげられる。そのことであなた自身が、魂の平安を得られるということなのです。 

 個人的には、納得できる「答え」だった。

「死ぬのが怖い」

 この「悩み」については、「ソクラテス」が答えを出している、という。

哲学は「死の練習」である。知を愛し求める欲求さえあれば、死ぬことも怖くなくなる。

 著者・小林氏は、このやや「難解」な答えを、こう解説してくれている。

 欲望や快楽のおもむくままにならず、この世の「ほんとうのこと」を求める知的な欲求によって、与えられた人生の質をできるだけ高めようとする「知を愛し求める者(philosophos)」としての生きかた。この生き方は「魂がすぐれてあること」とも表現されます。

 この著書の中で、この答えが、もっとも納得できないのは、まだ自分自身が「考えること」が足りないのではないか、と思い、だから、また「哲学書」も読んでみようと思った。


 最初から「原著」にあたるのは、まだ力不足なので、「入門書」への挑戦から、再開してみようと思い、この本を読むことにした。

 この挑戦が、もし「成果」をあげられた時は、またご報告したいと思っています。

「考え続ける」ための入り口

 他にも、様々な「悩み」が取り上げられている。

忙しい。時間がない」
「孤独がつらい」
「他人からチヤホヤされたい」
「自分を他人と比べて落ち込んでしまう」
「常に漠然とした不安に襲われてしまう」
「恋人や妻と喧嘩が絶えない」
「やりたいことがない。毎日が楽しくない」
「大切な人を失った」
「人生がつらい」


 もし、こうした「悩み」に心当たりがある方でしたら、読みやすい著書でもありますし、どなたでも、一度は、手にとる価値がある本だと思います。

 私自身も、そんなに実行していないので偉そうに言えませんが、この書籍を「考えるための入り口」として、その後に「原著」にあたる習慣ができれば、考え続けることができるようになり、「知を愛し求める欲求さえあれば、死ぬことも怖くなくなる」(ソクラテス)かもしれない、とも思っています。



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでいただければ、うれしいです)。


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