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【創作小説】『いとぐるま』第1話
【あらすじ】
老人介護施設で働き始めた「わたし」は、最近仕事も趣味もうまくいかず、落ち込み気味になっている。
ある日「わたし」の元に、通っている手芸店からのメールマガジンが届き、そこで木製の機械―洋風の糸車を目にする。不思議な魅力に惹かれた「わたし」は手芸店に向かい、糸車を思いきって購入する。その糸車はミニチュアサイズのもので、「わたし」は自作の羊の人形と一緒に棚の上に飾ることにした。
その日の
【創作小説】『いとぐるま』第2話
車から降りて、買ってきた糸車をそっと抱え、マンションの玄関に向かう。
わたしの住んでいるマンションは4階建てで、その3階の302号室がわたしの部屋だ。幸いエレベーターがついているので、階段を登って変に糸車にダメージを与えたりしなくて済んだ。
「ただいまぁ〜…」
一人暮らしなので、もちろん返事をしてくれる相手はいない。部屋の明かりをつけると、手洗いうがいもそこそこに、箱をテーブルの上にどどんと乗
【創作小説】『いとぐるま』第3話
今日はちょっとラッキーな日だったかもしれない。
朝職場に着いた時間はいつもより5分ほど遅かったけど、自分のお手製マニュアルを見ながら、少し落ち着いて準備ができた。
ボイラーの電源が入っていることを確認して、お風呂のお湯を入れることができたし、利用者さんが使う使い捨てコップにはちゃんと「さん」までつけて名前を書き終えた。新聞も外れないようにセットしたし、氷水を汲んでこぼれた水もちゃんと拭いた。お弁
【創作小説】『いとぐるま』第4話
今日の夢は、夢らしい夢、不思議な夢だった。
目の前に、野原が広がっている。そして、手前から奥に向かって、わたしのおへそくらいの高さの木の柵が立っている。時間は…夜。明かりは特にないけど、今にも降ってくるのではないかと思えるくらいの満天の星が空に輝いて、月明かりも差しているので、辺りは少し明るい。
左手の方から、草をかき分けて何かがやってくる音がする。視力はそんなによくないし、いくら明るいとは言
【創作小説】『いとぐるま』第5話
ジリリリリ!
いつものように目覚ましがけたたましく鳴った。時刻はいつもと同じ、朝の6時。
今日は珍しく、ぱっちり目が覚めた。
調子がいいのではなくて、その逆。調子がものすごく、ものすごく悪いのが、目が覚めた瞬間に分かった。
寒い。寒すぎる。
ひどい寒気がするけど、最近少しずつ暑くなってきていて、ブランケットに肌布団という薄いものの組み合わせしかないので、2枚とも頭から被ってがたがたとベッドで震
【創作小説】『いとぐるま』第6話
コロナは幸いにも陰性だった。
風邪の症状も、1番ひどいところからは脱したらしかった。
熱を何度か測ってみると、平均して37℃台後半というところで、1番しんどい39℃台は抜け出したようだった。頭痛とめまいもかなり落ち着いて、それに伴って吐き気もあまりしなくなった。
だいたいの症状は落ち着いてきたのかもしれなかったけど、わたしにはその実感がなかった。
身体が、いつまで経っても、だるくて重い。そして
【創作小説】『いとぐるま』第7話
目を覚ますと、まだ外は明るいようで、カーテンの隙間から光が漏れていた。
時計を見ると、時間は14時半を過ぎたところだった。
手に握りしめていたムームーは少し湿っぽくなっていて、あわてて起き上がって枕の上に座らせた。羊毛フェルトに水気は厳禁だ。
ふと見ると、枕の横に黒っぽい色をしたものが置かれている。それは夢の中でムームーといっしょに作ったあの毛糸玉だった。ちゃんと5玉揃っている。
夢からさめて
【創作小説】『いとぐるま』第8話
遅めのゴールデンウィークが始まって数日が経った。
あんなに高かった熱もすっかり平熱まで落ち着き、頭痛もめまいもどこへやら。ただ、寝込んでいた数日間が結構ダメージになったようで、家の中にいても少し動いただけで疲れてしまう。離れたところに行って帰ってこられなくなるのが不安で、買い物で近所のスーパーやドラッグストアに行く以外は外に出ていない。編み物の道具を揃えるためにmoumouに行きたいとも思ってい
【創作小説】『いとぐるま』第9話
遅めのゴールデンウィークはいよいよ、6月に突入した。
体調はすっかり良くなって、日常的な家事…掃除や洗濯、できるときには自炊など、無理のない範囲でできるようになるくらいまでは回復した。
ほんとうは、このくらいの体調なら今日は出勤しているはずだったけど…やっぱり無理は禁物だよね、と自分のココロをなだめた。
働かないで過ごす日中の時間を何もせずにダラダラと過ごすことは避けたかったので、外出もなるべ
【創作小説】『いとぐるま』第10話
ムームーと約束をした日から、わたしは一層精力的に活動をするようになった。
まず近所の本屋に行って、あみぐるみの作り方の本と、認知症をわかりやすく解説した本、そして身体介助の方法を写真つきで解説した本…などなど、数冊の本を買い込んだ。あみぐるみの本は、自分でオリジナルのあみぐるみを作って、施設の午後のレクリエーションのときに使えたら楽しそうだと思って。そして残りの本は、お年寄りの介護は初心者で特に
【創作小説】『いとぐるま』第11話
「ねえまゆちゃん、何持ってきたん?」
不意にそう声をかけられて、わたしは「へ?」と間の抜けた返事をしてしまった。
「膝の上になんか乗せとるやろ。何かなと思って。見せてや」
わたしはおそるおそる、膝の上に置いていたムームーと狼もどきの頭をテーブルの上に出した。
2人は、わあっと声を上げた。
「原田さん、これ見てもええかな?」
「わたしも見ていい?」
施設長は狼もどきを、川上さんはムームー
【創作小説】『いとぐるま』第12話(終)
今日は12月25日、月曜日。クリスマス会の本番の日がやって来た。
わたしは大きな段ボール箱に人形や小道具、脚本などを詰め込んで、家を出発した。
運転しながら、ドキドキと胸が弾んでいる。楽しみ半分、緊張半分といったところだ。でも、今日のわたしにはムームーがついている。わたしは自分の配役をムームーにしたので、緊張してもたぶん大丈夫…なはず。
よつばに着いて、段ボール箱を狭いロッカールームの隅に押し
【思考(おもかん)】創作を通して、自分の気持ちと向き合う
こんにちは。おおかみの人です。
今回のトップ画像は、何やら書いているわたし。
⚠ATTENTION⚠
この記事には、拙作の小説『いとぐるま』のネタバレが多少なりとも含まれます。まだ物語を読んでいない方でももちろんお楽しみいただける内容ですが、まったくの予備知識なしで物語を楽しみたい方は、まず小説を読んでからこの記事をお読みください。小説に興味がない方は、いつもの【おもかん】の記事のひとつとし