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「ブラジル」と「エチオピア」

いつもふたりでやってくる。
男性は「ブラジル」、女性は「エチオピア」。ふたりのオーダー。

ふたりで来る時はいつも、向かい合わせに腰かけたが、
「エチオピア」がひとりで来る時は決まって別の机に座った。

それだけで、「ああ、今日はひとりなのだ」とわかった。

「おいしい」

ふたりはコーヒーを片手にいろいろな話をした。

ある時は、なにやら難しそうな英文を見ながら癌が、肺が、sがつくつかないやら。

熱心だなあと思って静まり返った店内で耳を澄ましていたら、いつのまにかスマホゲームの話をしていたり。

あの映画見たいね。そうだね。
今度の日曜にでもいこう。

最近近所にできた映画館に行くついでもあってか、ふたりはほぼ毎週来た。指輪はしていなかった。恋人というより、親友、もしくは夫婦のような空気をもっていたふたりは理想的な関係に見えた。

私はふたりが好きだった。ふたりも私が好きであったと思う。
どこか名残惜しそうに、「エチオピア」がドアを閉める。

ある日。その日店内は混雑していて、ふたりの定位置には先客がいた。
先にやってきた「ブラジル」が、唯一空いていた円卓に腰かけ、15分ほど経って彼女がやってきた。
「エチオピアで」

ふたりは、いつもよりワントーン、ツートーン低い声で話した。
女性は、泣いているようだった。

いつも1、2時間いたふたりは、30分で帰っていった。目の際にアイラインを落とした「エチオピア」が、悲しそうに笑ってドアを閉めた。

ふたりは来なくなった。

ただ忙しくてふたりで会う余裕が、この店にくる余裕がないのならよい。

ふたりがいつも座っていた席に他の2人組が座ると彼らの影が重なった。
頬杖をつく「エチオピア」と猫背の「ブラジル」。
エチオピアでもブラジルでもない、コロンビアの注文に慌てて応じる。

しばらくして、「エチオピア」がひとりでやってきた。
すいませんけど、持ち帰りのカップでもらっていいですか。

「 エチオピア」は自分を試しているようだった。目を伏せて、お金を払い、逃げるように店を出た。
なんとなく、目が潤んでいるように見えた。

もしかすると、もうふたりは定位置につくことも、エチオピアとブラジルを注文してサンドイッチを頼むかどうか決めあぐねることもないのかもしれない。
そう悟った。

季節は春になった。
また一ヶ月ほどおいて、「エチオピア」がやってきた。
彼女はもう、エチオピアを頼まなかった。

ケニアで。

最近入ってきた新しい豆。
トレンチコートに身を包んだ彼女。黒髪のショートカットは健在だったが、さらに短くなっているように感じた。
ただ、飲む前に匂いを堪能するルーティーンはなにも変わっていなかった。
相変わらずのコーヒー好きで、帰り際に2、3度振り返ってご馳走さまでしたという。

喫茶店にはドラマがある。
放送されない、記録されない、跡形もない、店主だけが知っているドラマ。

ドラマの傍観者であるわたしは、そのストーリーの中に入っていくことはできないけれど。
私が知る、ふたりのドラマが終わり、各々がまた別のドラマをはじめたのだとしても、わたしはやはり、ふたりが好きらしい。

もしも、ふたりがもう一度、一緒に来ることがあったら、渾身の一杯をいれようとおもう。

ドラマにはコーヒーがつきものだから。

閉店後の至福の一杯。コーヒーにうつろう、ドラマを飲み干す。

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