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幻獣詩篇

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ボルヘス著『幻獣辞典』から着想を得る詩篇です。
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記事一覧

詩:『ケルベロス』

詩:『ケルベロス』

『ケルベロス』

犬を虐めている子供を
平手打ちして逆に泣かされる
いつか復讐してやるぞと
じっと公園を睨め回す夕刻
温かい
温かい
手首から血を抜いたあと
涎を垂らしながら
流しで食パンを1斤食べた
親から見捨てられたわたしに
俺は見捨てないなんて嘘を吐くな

詩:『ケルベロスⅡ』

詩:『ケルベロスⅡ』

辺り一面を分厚く白く修正し
生命を手厚く葬らんと雪が

降り続ける真冬の東京に
白い野犬が紛れ込んだ

サクサクと闇に溶け往く様に
積もった雪の重みを踏みしめ

夜の都市に擬態する野犬
その生物多様性に死の咆哮を

精神神経科の夜勤病棟然とした
更生施設に野犬の叙事詩は漂着し

フィレンツェの憑依霊能者然とした
構成作家が野犬の抒情詩を漂白する

【遍く正当に評価せず/

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【詩】ケルベロスⅢ(幻獣詩篇:11)

【詩】ケルベロスⅢ(幻獣詩篇:11)

男たちの性的な欲求を侮辱として
自ら命を絶てばこの地獄から……
其処に高潔さを見出した少女は
アンドレ・ジッドに気触れていた

少女は地獄の門を前にして言った
「この門はわたしにはそぐわない」
真ん中の犬は吠えた
「自死したものは皆此処に来るのだ」
少女は膝を折って手を付き嘔吐した
左側の犬は不憫に思い言った
「彼女を天界に引き渡せないか」
右側の犬はジッドを踏まえた
「彼女は違う、聖女ではない」

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【詩】竜と龍(幻獣詩篇:9:10)

【詩】竜と龍(幻獣詩篇:9:10)

【離縁】
ティラノサウルスやトリケラトプス
プテラノドン等 竜の祖先どもが
草原や空に悠然と幅を利かせながら
おれは おれは と息巻きながら
緩慢な血流を滞りなく妻に注ぎ込む

全てが他者に調律された
ただの夢に過ぎないという
形而上学的な感じかたを
妻は尊重してはならない何故なら

死ぬからだ

【結納】
八百万の神々が生まれる以前から
龍の祖先たちは荒れ地を徘徊し火を吹き
砂漠ではハンミョウが

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【詩】バロメッツ(幻獣詩篇:8)

【詩】バロメッツ(幻獣詩篇:8)

陽へ伸びる樹木の美しさに
羞恥や媚態などの誘惑が
介在する余地はあるか

黄金の毛に包まれた羊たち
飢えた狼たちの牙にかかり
痛苦と快楽の責め苦に悶える

君の迷妄の耽美よりは
植物のような単純な美
そのほうが潔いだろうね

狼たちとて美を望んだわけでなく
其れは金の滑らかなドレープウール

畝るドレープの手触り

いとしいぃ……くるしいぃぃ……
くるしいぃ……いとしいぃぃ……

畝る根元に液体が

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【詩】ゴーレム(幻獣詩篇:7)

【詩】ゴーレム(幻獣詩篇:7)

万物を粘土細工のように
自由自在に捏ねて像にする
男の出てくる絵本を嘗て

あらゆるものを自由自在に
透過する麗しい躰を持った
少女が寄り添う漫画を嘗て

聖書に記された文字の配列を
自由自在に組み合わせて下僕の
創造を試みたカバリストが嘗て

第一の書物は失われた
第二の書物は未完であった
第三の原本は解読不可能であった

全ての創意は之を踏まえ

「無限の知恵に息吹を与えられた、
書物において

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【詩】ミノタウロス(幻獣詩篇:6)

【詩】ミノタウロス(幻獣詩篇:6)

この先に宝物庫が
あると信じているのか

それとも出口を
探しているのか

遠く

鉄を引き摺る音

重い足音

今、想像しただろう
この狂った建築物内の
怪物についての神話

斧の鈍い光

頭部は牛のもの

人生という迷宮の
要所要所で容赦なく
眼前に立ち塞がる

咆哮

今、恐怖しただろう
背筋に寒いものが
走っただろう

【詩】球体の動物(幻獣詩篇:5)

【詩】球体の動物(幻獣詩篇:5)

夜空に震えるように瞬く初冬の星々
零れ落ちそうなそのひとつひとつは
それぞれ世界の一要素を司る

球体は最も安定した状態である
球体は押し並べて生命である
球体は始点と終点の無い円環である

天上の球体はさもあらん
私たちの足元もさもあらん
それらを構成する粒子もさもあらん

冬支度を済ませた月の輪熊の暗喩
それをスコープ銃で狙い定める眼球
そして爆ぜた火薬に押し出される鉄砲玉

押し並べて陽子で

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【詩】トロール(幻獣詩篇:4)

【詩】トロール(幻獣詩篇:4)

俺は高架下に住処を置き山羊を待つ
終わりを運んでくる三匹の悪魔の使いを

俯きがちな辺境出の成り上がり連中は
都市の座敷で泥と契約し月齢を数えず

速やかにその汚泥に腿まで取られ
前後に身動きすることも儘ならず

生の儘が最も軽やかだったのだ
積み重なる小賢しさに神話が崩壊する

かつてヨーツンヘイムに住処を置き
トール神と互角に渡り合った巨人たち

俺は橋脚に宿命を置きその時を待つ
青空に激流し

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【詩】クラーケン(幻獣詩篇:3)

【詩】クラーケン(幻獣詩篇:3)

科学者は事実を述べた
宇宙よりも海のほうが
分からないことが多い

いつの間にか暗雲が月を奪っている
大型漁船に備え付けのサーチライトが
闇夜の霧雨を切り裂き海面を舐めて
時化る海原に不意が奇態を呈した

船の遥か前方に漆黒だった島が
いつの間にか遥か後方に座しており
操舵手は回頭していないと言った
そして波間には跡形もなくなった
直径1マイル半程の島が一瞬にだ

わたしは未知に怒りを感じる
未知

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【詩】バンシー(幻獣詩篇:2)

【詩】バンシー(幻獣詩篇:2)

その悲鳴の主を見た者は居ない
聞いた直後に死が訪れるから
死ぬ者にしか聞こえないから

宣告だ

ロミオの親友マキューシオ
ロミオの仇敵ティボルト
ロミオの恋人ジュリエット

ロミオ

そういった文学上の英雄は
不穏の女の悲鳴を耳にして
命を散らして幕間に逝った

女だ

その女のバックボーンは不明だ
然し恐らく何らかの不吉な要素と
絶望的な切実さを感じる悲鳴だ

脚が震える

恐ろしいが根源的な

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【詩】ヴァルキューレ(幻獣詩篇:1)

【詩】ヴァルキューレ(幻獣詩篇:1)

戦死者を選別する乙女たち
死者を蘇らせ宴に誘い饗し
猪肉と蜂蜜酒と躰を捧げる
水煙草やマリファナの匂い
ガラスが割れる音や喘ぎ声

東京駅から次の東京駅まで
無言の空間に皆は隣り合って
無限の振動に皆は委ね合って
男が戦士である必要性も
女が女神である必要性も
無くなった筈の西暦2023年
山手線内側の迷宮的廻廊

最先端都市の最新モデルは
流血沙汰への懐古みたいに
ポリティカル・コレクトネスや

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