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「やりたいことが特にない」っていうスゴい才能について

自己啓発書でよくあるメッセージは

「自分が心のそこからやりたいと思うことを見つけて、それに全力を注げば成功できる」

というものだ。このことはきっと正しいと思うし、私もそれにしたがって生きている側面が大きい。そして、今回紹介するこの本でも、「自分が好きなことを見つけてそれに注力する」ことの重要性は説かれていた。

「好き」と「得意(評価)」は、密接にかかわっていると思っています。
「下手の横好き」とのことわざもありますが、このことわざ通りに続けられるのは、かなり特殊な人ではないでしょうか。「絵が下手だね」「一体何なの、この絵は?」と周囲に言われてもなお絵が描きたい人や、「走るのが遅いよね」と言われて陸上部に入る人は珍しいように思います。
(中略)
「続けられることが才能だ」といった言葉もあるように、同じ道を何十年もの間歩き続けられているのならば、その人にはその道での資質が間違いなくあると思います。
そのうえで、好きで得意で高みを目指してきたけれど、うまくできなくなり、「好き」がどんどん減ってくることはあるでしょう。
(中略)
「好きこそものの上手なれ」も度合い次第。自らと折り合いをつけ、限界にぶつかったら退散し、道を変えることは攻めだと思います。

ただし、その一方で、必ずしもこうした自己啓発的なメッセージが上手くマッチしない人がこの世の中にいるのも事実である。そして、本書では一見すると矛盾するようなこちらの側面にも分析が加えられているので、このエントリーではそちらに焦点を当てて述べていきたい。

本書はあなたもご存知だろう、武勇伝ネタで一世を風靡し、2016年には型破りなパフォーマンス『RADIO FISH』で再び世間の話題をさらったオリエンタルラジオの中田敦彦氏(以下敬意をこめて「あっちゃん」)が、自らの哲学を一冊の本にまとめた自己啓発書である。本書の内容は次のような感じでまとめられる。

● 既存の価値観・枠組み・ルールを疑い、破れ
● 自分の向いていること、得意なことを見極めろ
● トライ&エラーを繰り返せ
● 得意な部分が違うやつと仲間になりチームを作れ

この本で本人が述べている通り、あっちゃんの最大の長所は「分析&言語化」能力だろう。彼は「ウケている」ものを徹底的に分析・細分化・要素化し、それらを新たに組み合わせて自分たちオリエンタルラジオにマッチさせる。

よく、既存の芸人の常識にとらわれない活動をしていることからキングコングの西野章博氏とも比べられるが、2人のタイプはちょっと違う。2人に共通しているのは

・自分でビジョンを描き
・自分でプランを考える

というところまでだ。ただし、実行の方法が異なる。西野氏は自らが前面に乗り出し、ああだこうだと発言して話題を作る。そして、それに共感する人々を率いる表のカリスマリーダータイプだ。

一方、あっちゃんはプレゼンこそうまいが、「ついてきたい」と思わせるようなカリスマ性はない。その代わり緻密な計画を立て、裏から人を動かしていく影のフィクサータイプだろう。(そして残念ながら、売れるのは往々にしてカリスマリーダータイプが著者の本である)

だからこそ、私がこの本を読んで特におもしろいと思ったのは、あっちゃんによる自己分析や読者へのメッセージではなく、「相方・藤森信吾の分析」と「8.6秒バズーカの分析」の2つだった。なので、今回は本書からこの2つの内容に絞って書いていく。

藤森慎吾のすごい才能

まず相方・藤森氏の分析だが、あっちゃんも最初から彼の長所を把握していたわけではない。コンビを組んだ理由も「気が合って、陽気で、見た目がいいから」ぐらいのものだった。しかし、どのように自分たちが活躍していくかを考えていくなかで、藤森が持っている“とんでもない才能”に気づいたのである。

まず、藤森氏は「明るい」「ノリが軽い」「誰とでもすぐ仲良くなる」「先輩からかわいがられる」という社交的な一面を持っている。しかし、これも確かにあっちゃんがもっていない長所ではあるが、“才能”とはいいがたい。藤森氏が持っていた才能とは、「ビジョンがない」ということだったのだ。

藤森は、どんな企画が来てもOKします。私からすれば「これはやらなくてもいいんじゃない? イメージが悪くなるおそれもあるよ?」といった内容でも、平気で受けます。
彼は断らない。あらゆるモノやコトに、フィットしていきます。
なぜか。彼にはビジョンがないから、というのが私の見解です。藤森自身に「やりたいこと」はない。代わりに、「言われたことをまっとうする」という特殊な才能があります。
そんな相方だからこそ、『武勇伝』のネタでも、「『あっちゃん、カッコいいー!』と言って」と指示すると全力で叫びました。
普通、嫌がらないでしょうか。対等な相方なわけですし、「なんで一方的に褒め称えないといけないんだよ! オレだって、相方だろ」と意見されても不思議ではありません。そんな反発があったならば、『武勇伝』は成立しませんでした。

「ビジョンがない」「やりたいことがない」というと、当てはまる人が多そうな気がするが、私はそうは思わない。「やりたいことや目標がないんです」と口にしている人でも、じつは、変なところにプライドやこだわりを持っているから、「じゃあ、あなたはこれをやりなさい」と言われても、屁理屈をこねたりしてなかなか実行に移さない。こういう人の場合、やりたいことはあるのだが、本人がそれを自覚していないだけなのだ。

ただ、この本を読む限り、藤森氏には本当にそうしたこだわりがない。もちろん、そもそもコンビを組みたいといってきたのは藤森氏のほうで、その理由は「テレビに出たい」とうものだったから、厳密にはやりたいことがまったくないわけではない。ただ、その手法には何もこだわりがないのだ。ここまでこだわりがないのも、皮肉でもなんでもなく、ひとつの才能だ。

ただ、ここで私が「才能」と表現しているのは、誰でも同じような生き方ができるわけではないからだ。というよりも、ほとんどの人はこのように自分のこだわりを捨てることができないと思うし、努力してもそれはどうにもならない。また、こういう人物の場合、本当にどのような人物とめぐり合えるかが重要になる。ビジョンがないという特性を最大限に発揮できる相手と環境がないと、輝けない。

ビジョンゼロともいえる相方ですから、新年を迎えると、「今年は何をしていいか分からない」などと言うことがけっこうあります。そんなときは、私がプランを考えます。一緒に過ごしていて彼を見ていれば、そのときやるべきことや目標が見えます。2017年も1月にプランを授けました。
藤森がすごいのは、その吸収力と猛進力。「向いていないことはやらなくていい。慎吾はここがすごいから、そこにフィットすることだけをやればいいよ」「こうするほうがいいと思うよ」と提案したことを、全力でやります。
そして、その年の中ごろには、私からの指示であることをすっかり忘れています。例年、半年ほどして「なんでそれをやっているの?」と聞いたら、「オレは今これがやりたいんだ!」との熱い返事が戻ってきます。
「あっ…今年も忘れている!」と思うと面白いです。これも相方の資質です。自分にしみ込ませるという能力が、ケタ外れです。

半分遊ばれているような気もするが、藤森氏は本当にあっちゃんと出会えてよかったと思う。

8.6秒バズーカは何がすごかったのか?

彗星のごとく現れて彗星のごとく去っていた彼らは、「単なるリズムネタ」「典型的な一発屋」「大学生の宴会芸」として大人たちからは冷笑されたふしがある。ただ、あっちゃんに言わせれば、「非常に優れた芸」であり、オリエンタルラジオを含めて既存の漫才のトレンドを取り込んだ高度な技の結晶であるという。

ラッスンゴレライのネタについては上の公式動画を見てもらえばいいが、じつは、彼らの掛け合いだけをリズムを削って聞くと、よくあるスタンダードな漫才になる。ボケが意味の分からないことを言い、それを相方がツッコむというスタイルだ。

漫才には、「大喜利羅列型」「漫才コント型」など、様々な型があります。『ラッスンゴレライ』は、1つミスをする→修正させる→ミスをする→修正させるという「やり直し型(修正型)」です。「やりなおし型」は、スピード感ある漫才の1つとして興隆を極めました。キングコングさんや、NON STYLEさんのネタの多くがそうです。笑い飯さんのネタは、ボケとツッコミが交互に入れ替わる「やり直し型」の変型版です。
(中略)
『武勇伝』は、細かく一言ネタを羅列する「大喜利羅列型」のソフトを入れ込んだもの。オリエンタルラジオのリズムに「やり直し型」を入れると、8.6秒バズーカのネタが出来上がるのです。
加えて、『ラッスンゴレライ』が素晴らしいのは、BPM(演奏のテンポを表す単位。1分間に何拍刻むかを数値で表す)が上がっている点です。
(中略)
十数年前は私たちのネタも「テンポが速い」と言われましたが、より進化しています。そこに、メインストリームである漫才のソフトが入っています。つまり、彼らのネタは当時の最新型だったのです。

もちろん、彼らがヒットした理由はそれだけではない。あえてYouTubeに自分のネタをカットしないですべてアップロードしたことで先に10代のハートをつかみ、そこからテレビに進出するという、これまた既存とは異なるルートで人気を勝ち取ったのだ。

おもしろい本だけど…

このように、たまに繰り広げられるあっちゃんの自論や分析はけっこう読んでいておもしろい。文章になると、プレゼンのような熱っぽさはなくなるが、構成・執筆でライターが挟まっているので、各コンテンツは適度なボリュームにまとまっていて、読みやすいのもよい点だ。

ただ、私がこのブログを書くために改めて細かく見返してみて、ひとつ気づいた点がある。それは「~だと思うのです」といった文末がちょいちょいみられることだ。これは厳密性を求めるために必要だが、著作で多用されていると説得力を毀損する。ちょっともったいない部分ではある。あとなんか、タイトルはもうちょっといいものがあったような気がする。

ブログはこっち

http://ada-bana.hatenablog.com/entry/2017/12/27/073000

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徒花

都内で働く書籍編集者。ブログ・読メもやってます。http://ada-bana.hatenablog.com/

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