見出し画像

(男性)レディース服を着ることは社会への抗議 2023年10月【4】

私は男性で、レディース服を好んで着ている。しかし女装しているわけではない。

レディースを着ることと女装は異なる。女性がメンズの服を着たら、それは男装だろうか。そんなことはない。それなら男性がレディースを着るのも同じことだ。男性がレディースを着ただけでは女装にならない。

前回、レディースを着ている時に職質された話をした。

このような話をすると「パス度が低いから職質される」といった反応をする人がいる。ここで言う「パス度」とは「女性に見えるかどうかの度合い」という意味だ。

たしかに女性に見えることを目標にレディースを着る男性は多い。でもそういう人ばかりではない。単にレディースの服が好きで着る人もいる。私はそのひとりだ。

レディースの服は女性に合うようにつくられている。だから頭から爪先まで女性になりきったほうが似合うのは確かだ。でもそうしない男性はレディースを着てはいけないというのは、いかがなものか。

男性はメンズ服しか着てはいけない。レディース服を着るなら、徹底的に女性に見えるようでないといけない。少しでも男性要素があれば「もっと努力して隠せ」と叱られる。何と狭量で窮屈な価値観だろう。

女性のファッションはもう少し柔軟だ。完全に男性に見えることを目標にしている人もいるが、多くは部分的にメンズアイテムを取り入れて楽しんでいる。

メンズをそのまま着る人もいるが、そもそもレディースの中にメンズライクなアイテムがあるのだ。一方、メンズの中のレディースライクなアイテムというのは、あまり見られない。

レディースを100、メンズを0とする。女性のファッションは、その100から0の間で選ぶことができる。たとえばバイクに乗る女性などは、かなりメンズ度が高くなるだろう。

一方で男性はというと、ほとんどメンズ100しか許されない。部分的にレディースを取り入れるにしても、メンズと大差ないものだけ。せいぜいメンズ90・レディース10ぐらいしか許されない。それ以上にレディースを取り入れると「女装」と呼ばれ始める。

レディースのスカートを穿いたら女装。口紅を塗ったら女装。ひとつふたつのレディースアイテムで女装認定される。

男性のメイクは広がりつつあるが、よく見られる宣伝文句は「バレない」。まだまだ隠れてコソコソしないといけないのだ。バレたらマイナス評価を受ける。手鏡で化粧直しなどしたらナルシストと揶揄される。

社会が許す「男性像」があまりにも狭い。男性は短髪のみ。男性はズボンのみ。男性は暗い色のスーツのみ。ネクタイ省略不可。髪飾り駄目、メイク駄目、ネイル駄目、フリル駄目……。

私は男性に対する、こういう偏狭で閉鎖的な服装規範に、腹が立って仕方がない。レディースを着て街を歩くのは、そうせずにいられないからだ。そうしないと自分が惨めでたまらなくなる。

多種多様、色とりどりに着飾る女性たちが妬ましくて、泣きたくなる。髪を伸ばし、好きな髪飾りをつけ、レディースを着なければ、やりきれない。男性である私は、正気を保つためにレディースを着るのだ。

私にとって、レディースを着ることは社会運動。デモのような意味合いがある。

購読者限定パート

ここから先は

258字
月に4記事以上投稿しています。1記事の文字数は1000~1500字ぐらい。社会に適応できない人間のチャレンジです。マガジンの購読は、そのチャレンジを応援する意味を持ちます。応援していただけたら嬉しいです。

著者は1985年生まれの男性。 不登校、社会不適応、人付き合いが苦手。 内向型人間。HSP。エニアグラムタイプ4。 宗教・哲学(生き方)…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?