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*乳酸菌と酵母の宇宙・糠漬け


5月、小春日和になってくると糠漬けが美味しい季節に入る。
 
今まで何度も糠漬けを仕込んできたけれど、長続きした試しがない。
 
毎日混ぜるのがめんどくさくなり、
しばらく放置した糠床の表面に生えているであろうカビを想像すると蓋を開けるのがだんだん怖くなって、
さらに放置し・・と放置期間が長くなった糠床は
産膜酵母やら緑色のカビが繁殖しすぎて駄目にしてしまったこと数回。
年を越したのは数えるほどである。
 
糠漬けは、母親から譲り受け、娘が嫁に行くときに持って行き、
何十年もつないで使っていけるようなものだというのに・・。
 
せっかく無農薬のお米を作り、米ぬかも有り余り、
しかも糠にはビタミン、ミネラル、食物繊維が豊富で、
しかも発酵させることにより、乳酸菌や酵母菌が排出した酵素がたっぷり、
白米を食べる食生活をしている人には足りない栄養分を補給してくれる優れものなのだから、
体に取り入れないともったいない。
 
また混ぜるのがめんどくさくなるのは目に見えているのだが、
この季節になると毎年、「今年こそは!」と
糠床の準備を始めてしまうのだ。

まずは定番の茄子!


 
糠床の作り方は、発酵食品や漬物の本には必ず登場する定番中の定番である。
 
糠床の作り方を書いている本を探してみると、うちにはなんと6冊もあった。
それぞれに、材料の違いはあるけれど、
共通して必要なものは3つだけ。
 
糠、塩、水。
 
たったこれだけで、栄養豊富な美味しい漬物ができる。
そこに、旨みを加えるものや、殺菌作用のあるもの、
発酵を促すものなどを追加する。
 
床は、乳酸菌や酵母の住処であり、生きているものだからこそ、
毎日混ぜて様子をみて、状態によって追加すべきものを判断していくのだ。
なんとも奥の深い食品ではないか。
 
味噌や醤油とはまた違う難しさや面白さがありそうだ。
糠床を初めて仕込む人も、何度も仕込んできた人も、菌の世界を理解してからならば、面白くないはずはないだろう。
 
 

間違いなく美味しいキュウリ!

*糠床は乳酸菌と酵母の宇宙


 
糠床は塩分濃度が6~8%と高いため、ほとんどの菌はその中で生息することはできない。
耐塩性酵母菌と好塩性乳酸菌という高塩分濃度を好む、
もしくは耐えることができる菌がいて、
それらは高塩分濃度の糠床でも生息できる。
糠床の中はこの2種類の菌が活躍してくれることになる。
 
糠床を仕込んですぐ、糠や捨て野菜についている雑菌が繁殖し始める。
それらは高塩分濃度により死滅すると同時に、乳酸菌が出す乳酸によっても殺菌されていく。
乳酸菌は乳酸を出すくせに、酸性に弱いため、
乳酸が増えすぎると自滅する性質があり、ゆっくりと数が減少していき、
より乳酸に強い乳酸桿菌(にゅうさんかんきん)が繁殖し始める。

乳酸菌の乳酸によってpHが低下(酸性)してくると、
酸性に強い産膜酵母が増え始め、乳酸菌と産膜酵母がバランスを保ち熟成していくのだ。
 

トマトの糠漬けもいいね◎


 
乳酸菌は酸素を嫌う嫌気性で、産膜酵母は酸素を好む好気性である。
つまり、乳酸菌は床の中の方で生息し、
産膜酵母は床の表面で生息する。
この両者のバランスを保つために毎日混ぜる、という作業が必要になってくる。
 
床を混ぜるのをサボってしまうと、酸素を好む産膜酵母が床の表面を膜で覆いはじめ、
床の中は酸素がない状態が長くなり、乳酸菌優位になる。
するとその床は酸味が増していきすっぱい漬物になっていく(酸敗)。
 
産膜酵母は乳酸を消費して酸味を押さえ、アルコール発酵により漬物に香りをつける働きをするのだが、
大量発生するとシンナー臭がしてまずい漬物が出来上がる。
 
床を毎日混ぜて天地返しすることで、床の中に酸素を行き渡らせて乳酸菌の活動を抑え、
表面の産膜酵母を中に入れ込むことで産膜酵母の数を減少させる。
そうやってこの両者が糠床という宇宙の中で異常繁殖しないようバランスを取ることが必要なのだ。
 

ズッキーニもありだな◎


乳酸菌と産膜酵母のバランスが取れるまで、2週間~2ヶ月が経過し、
いよいよ本漬けし始めると、塩の浸透圧によって野菜の水分が床に溜まっていく。
水分量が多くなった床は酸素がない状態になるため、乳酸菌が増えすぎるだけでなく、
塩分濃度が下がってしまい雑菌も繁殖しやすくなってくる。
酸欠状態が長く続くと、酪酸菌(らくさんきん)が発生するが、
この菌が悪臭を放つ。
そこで水分対策が必要となってくる。
水分をペーパータオルなどで吸い出してもよいが、旨みや良い菌も奪われるのでもったいない。
乾物(昆布、大豆、干ししいたけなど)を入れて水分を吸わせたり、
追い糠(生糠1cupに塩大1)を足して調整する。
酵素たっぷりの糠床の汁だから、みそ汁やスープに入れてもよいね。
ただし、酵素は70度以上で失活するから気をつけて!
 

漬物用の大根は大きいから切って入れる


しばらく家を留守にしたり、混ぜるのをサボってしまったとき、
糠床の蓋を開けると、床の表面に白い菌の膜が張っていて驚くことがあるだろう。
この白い膜は産膜酵母の膜である。
産膜酵母は繁殖しすぎるとシンナー臭を発して漬物をまずくしてしまうが、
食べても体に害はない。
そっと表面を取り除いて、またよくかき混ぜると床は復活してくれる。
その他のカビが表面に出てしまった時も、
その周辺のカビを多めに取り除きよくかき混ぜて、
減った分の糠と塩を足し、3~4日休ませれば復活する。
 
不在にすることが分かっている場合は、
保存袋に入れて空気を遮断し冷蔵庫に入れてしまうか、
樽のままなら、糠と塩を足して床を硬めにしてから床の表面に大目の塩を振り、重石をして空気を遮断し冷暗所にしまっておく。
帰ってきたらすぐに表面の塩を取り除き、よく混ぜて復活させよう。
 
糠床の中の菌の世界がなんとなく理解できたなら、さっそく糠床を仕込んでみよう。
床は菌の小宇宙だ。菌の神様になった気分で樽の中の様子を毎日覗き込んでみよう。
 

*糠床作り


 材料:
生糠または炒り糠  1kg 
塩130g(糠の分量の13~15%)
水1リットル
唐辛子3~5本
昆布30cm
捨て野菜(水分の多い葉物など)150gほど
 

酒粕、みりん粕、米糀、唐辛子と昆布


①塩を分量の水に入れ、沸かして冷ましておく。
②米糠に冷ました塩水を入れ、良く混ぜる。
③唐辛子や昆布を加え、捨て野菜を漬ける。
酸素が入らないよう上からしっかり押さえて平らにし、
ふちに着いた糠は拭き取っておく。(そこに雑菌が付きやすい)

④毎日底から空気を含ませるように混ぜる。夏場は朝夕2回。

⑤捨て野菜は2~3日に1回新しいものに取り替える。

⑥約2W程で完成。本漬けする。

⑦本漬けの漬け込みは12時間程度。野菜に浸透した塩分濃度が2%程度が美味しい食べごろ。
 

容器は丸形がおすすめ。
円に沿って抑えやすい◎


まず生糠か、炒り糠か?で迷う。
炒ったほうが良いと言う人もいれば、生の方が良いと言う人もいる。
炒る場合は70℃で3分炒ることで、糠のでんぷんがα化し、
菌の餌になりやすく、生の場合はビタミン・ミネラル・食物繊維が豊富で味も発酵も良好だそうだ。
大いに悩んで決めてみよう。どっちでも良いと思う。
 
上記の材料に旨みを足したい場合は、
鰹節、煮干、昆布、干し椎茸、炒り大豆、など出汁系のものやタンパク質系のものを足す。
 
防腐作用のある薬味が欲しい場合は、
唐辛子、山椒、生姜、練り辛子などを足し、
 
漬物が酸っぱくなってきた時は、
卵の殻を入れると酸性を中和してくれる。
 
糠床の水分が多くなった時や、糠の量が減ってきた時は、
糠1cup、塩大さじ1を追加する。
 
その他、熟成を早める方法として、
酒かす、米糀、生ビール、
熟成した糠床を1cupほど分けてもらい入れるなど、
人それぞれ工夫しているが、
やっぱり一番いいのはお母さんが素手で毎日床を混ぜること、だと思う。
(愛があれば、お父さんだっていいと思う!)

女性の体には良質な乳酸菌が常在していて、
人それぞれに違う乳酸菌がついていると言う。
それがお袋の味になる。
それを食べる家族も健康になる。
子供の免疫力もグンと上がることだろう。
そして、なるべく毎日新鮮な野菜を入れ替えることで、
それらに含まれる酵素が、たんぱく質を分解して旨み成分のアミノ酸が産生され、おいしい漬物になるのだ。
 

*糠床の仕舞い


 
暖かい季節に糠漬けを楽しんだ後、冬場の糠床は休眠に入る。
酵母菌は10℃~活動できるが、
乳酸菌が活発に活動できるのは、気温が20℃~40℃。
糠床の旬は夏なのだ。

①床の中の野菜などを全て取り出し、生糠と塩を加えて床を硬めにし、
②しっかり上から押さえ、表面に塩を厚さ1cmほど敷き詰める。
③蓋をして、冷暗所で保管する。
④翌年、暖かくなってきたら、表面の塩と、糠を2cmほど取り除き、
糠1cup、塩大さじ1を追加して耳たぶの硬さに調整する。
⑤1週間ほど捨て野菜を繰り返し、復活させる。
 (④で取り除いた塩は、追い糠の時に使用できる。)
 
 
何度となく失敗を繰り返してきた糠床であるが、
改めて菌の世界を知ってみると、「床を育てる」という感覚が芽生えてくる。
生きているからこそ、そこに「私」が介入することで、
床は腐ることなくすくすくと育っていく。
毎日混ぜる、という作業は一瞬で終わることとはいえ、忙しい毎日の中では続けることはなかなかに難しい。

そこに菌やそれを食べる家族への愛情とか、そんなものも必要なのだろう。
根気のない私に続けることが出来るかどうか分からないが、
糠床の小宇宙を今年も心あらためて育ててみたいと思うのだ。
 
 

どーせまたカビさすんやろ


 
     
 

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